ライトフライヤースタジオのシングルプレイ専用スマホRPG『アナザーエデン』のサウンドチームから派生したバンド、「EDEN’s CLINE(エデンズクライン)」。井上幹・山上毅・林茂樹ら各氏によって結成されたプロジェクトの初ライブが、6月27日に東京・渋谷の恵比寿CreAtoで開催された。先んじて、ゲーム内で実装されたBGMのアレンジをアルバムとしてまとめた『EDEN’s CLINE Arrangement Album Vol.1』が、同月3日にリリースされていた。

本作に収録されている全6曲に加え、本公演では“アナデン”楽曲11曲を披露。このプロジェクトについては2023年8月に行われた「第29回こみゅなま」(ゲーム内のアップデートなどを知らせる情報番組)でもほんのり言及されており、個人的にコンサートとはまた違った音楽コンテンツとして待望していた。
結論から書くと素晴らしいパフォーマンスだった。本公演はライブ&トークイベントとして行われたが、“トーク”の部分を担当した平澤信之介(同作プロデューサー)とMC・Backy(アナデンこみゅなまMC)の両氏も「伝説の始まり」と興奮気味に感想を語っている。その評価に強く首肯するほど、この先の未来の可能性に満ちた夜だった。

写真左:Backy、右:平澤信之介
先述の3人に加え、サポートメンバーとしてライトフライヤースタジオのサウンドチームからギタリスト・MASAが参加。4人から醸し出されるグルーヴは、ロックをはじめとする様々な音楽ジャンルが攪拌された趣があった。
序盤に披露されたのは「守護四獣」と「Apocalypse Crucible」。このプロジェクトは折に触れて「バンド編成ならではの表現」を強調していたが、最初の段階でそれを見事に表明した。
とりわけ「Apocalypse Crucible」は、アレンジされたことで大きな変貌を遂げた楽曲なのではないだろうか。ゴシックな印象の原曲から、Deep Purpleばりのハードロックなニュアンスに飛躍。メインストーリーのボスキャラなのになぜかやたら強かった剣帝・ガルドマギスを脳裏に浮かべながら、“歌うギター”と“ハモるキーボード”のような楽器の応酬に心が躍った。

その後は「The Impractical Waltz」から「None Dynamis」のメドレーへ。どちらも井上氏の作曲で、メインストーリー第3部『時間帝国の逆襲』前編のテーマを主旋律としている。メインテーマがニュアンスを変えてゲーム内のさまざまなシーンで実装されるのはゲーム音楽的だが、あえて今回のバンドプロジェクトで演奏することに強い意思を感じる。そういったマナーを踏襲しながら、いかに新しさを打ち出していけるか。ステージ上で目配せをしながら技巧を披露するメンバーに、“コンポーザー”とは違う一面をみる。
ライブ前に行われた「第48回こみゅなま」にて、山上氏は「普段は個人で曲を完成まで持っていくことが多いんですけど、このバンドは協力プレー。アレンジの基本部分は作曲者が考えますが、各楽器のパートはそれぞれの演奏者が担当しています。いつもはぼっちでパソコンと向き合いながら作業してるんですけど、一緒に顔を合わせてやるのは面白くて楽しい」と語っている。まさにその言葉通り、恵比寿に響いていたのはバンドの魂だった。

メドレーの直後に3部前編繋がりで「The Pandemic Elegance」が披露されたが、そのストーリー性も相まって4人の“強さ”のようなものを感じた。

写真左:井上幹、右:MASA
その後のMCにて、リーダーの井上氏は「我々は普段会社員。サラリーマンの本気というものを、今日はお見せできれば」と語る。すでに十二分に本気度の高さは伝わっていたが、「ブラッドリング帯」ではさらにそのクリエイティビティに拍車がかかる。
アルバムの段階で井上氏のベースソロが大いに耳を引いていたが、この日のライブではボコーダーまで飛び出した。原曲からしてスペーシーでどこか超常的な雰囲気であり、そこからさらに一歩(一歩どころではないかもしれないが)踏み込んで、マシナリーなバイブスも顕現。このアイデアをライブ直前に思いついたとのこと。それを本番で実践できるのも4人編成バンドの強みだろう。その閃きを支える3人の胆力にも驚くばかりだ。

このあとには再び「こみゅなま」の2人(厳密には平澤氏は普段ゲスト扱いだが)がステージ上に姿を見せ、本格的に“出張版”がスタートした。Backy氏が不正や迷惑行為に対する注意喚起として「見かけた場合は天冥値を0にします」と恐ろしい宣告をすると、そこからの2人は壇上で八面六臂の活躍を見せる。オーディエンスがどこから来たのか聞いて回り、誕生日のお客さんにはバースデーソングをプレゼントし(演奏したのはバンドだが)、EDEN’s CLINEのメンバーにはくじで無茶振りを行った。

くじに当たった山上とMASAの両名は自身の楽器でそれに応え、山上氏は「エルの唄」を、MASA氏は「Tragic Horizon」を披露。西方外典で文字通り寝食を忘れ、外史によってノーナのアクスタを購入した筆者にとっては夢のようなサプライズだった。

Tragic Horizon
「大変だった(井上氏談)」「こみゅなま」セクションを経て、舞台は再びバンドのセッションへ。後半戦は、外伝『臥竜の島と絶崖の紋 伐竜姫譚Ⅰ』の通常バトルBGM「Scalepiercer」からスタートした。
率直に書くと、個人的にはこの曲を最も楽しみにしていた。オリジナルの舞台が古代なだけあって、原曲はプリミティブなパーカッションが印象的なのだが、アレンジ版ではそれに該当する楽器がない。アルバムではベースの手数が増え、ジャムセッション的なニュアンスが強調されていた。
ライブでもその即興感が損なわれることなく、目の前で演奏しているだけあってフィジカルな魅力はより増した。奏者としての地力の高さが最も顕在化するのは、今回披露された中ではこの楽曲のように思う。まさに“サラリーマンの本気”として著しい迫力を放っており、全楽器パートに見せ場があった。

“アナデン”のサウンドチームを牽引するメロディメイカー・林茂樹が、今回のライブでいかに優れたドラマーなのかを知ったファンも多いはずだ。彼は「第29回こみゅなま」で「20年ぐらいドラムを叩いていないので……」と不安を吐露していたが、まったくブランクを感じさせないクオリティがあった。
「Scalepiercer」はインプロビゼーションの感度が重要な楽曲だが、続く「Dans le vent」や「Violet Lightning」は手数の多さと多彩なリズムパターンが要求される。両方とも未来外典の楽曲なので、原曲はサイバーなバイブスを備えている。それゆえにドラムンベース並みに複雑かつ高速なビートが実践されているのだが、ライブでもその推進力は健在だった。
特に「Violet Lightning」は転調と共にリズムパターンが変化するパートがあり、それが効果的にフロアの温度を上げていたように思う。「ここのパートはライブで盛り上がりそうだ」とアルバムを聴きながら想像していたところで、ドンピシャの歓声が上がった。
ゲームをプレイしていて転調に励まされなかった経験のないユーザーなどいないように、“アナデン”のバトルもまたそのダイナミズムによって心をたくましくする瞬間がいくつかあった。なれ果てのシルフ(未来外典)との戦闘が長期化したユーザーも多いと信じて書くが、あの戦いなどは好例だろう。

アンコールではリクエスト楽曲として再び「Apocalypse Crucible」が演奏され、そのあとにもサプライズがあった。
山上氏作曲のフィールドBGM「空中城郭 イージア」。締めくくりの1曲として演奏されたこの楽曲、筆者は帰り道にリピートしまくっていた。それほどにインパクトがあり、新たな解釈を発見した。

原曲ではストリングスとオーケストレーションが際立っていたが、バンドセットではまるで往年のフュージョン。いまやイージアの街にパット・メセニーが透けて見える。『EDEN’s CLINE Arrangement Album Vol.1』というからには今後の展開も期待してしまうが、ぜひともVol.2以降の作品には同楽曲が収録されてほしい。
この曲が刺さり過ぎてしまって、帰宅してから“アナデン”を開き、すでに周回報酬を獲得し終えている未来ガルレアにスキップで出かけてしまった。グリーンキーを4枚も消費してしまったことは若干後悔したが、それでも新たな魅力を発見できた満足感が大きく上回っている。
空中城郭 イージア
最後に井上氏からオーディエンスに向けて、感謝の言葉が伝えられた。それは今回のライブを総括するうえで、そして彼らが目指す「ゲームの音楽の拡張」を考えるうえで極めて重要なことのように思われる。
「今回、ゲームのために作られたゲーム音楽を拡張する試みでライブを実施しました。シーンや状況ありきで作られる音楽の可能性をどこまで広げられるのかっていうのが、僕たちが見たかったことのひとつです。しかしイベントをやってみて、普遍性があることにも気付きました。ライブは、みなさんがこうやって会場まで来て下さるから成立する。つまりこれもまた、何かのため誰かのために作られた音楽。ライブを終えてから、それをあらためて感じました。今日は本当にありがとうございます」

全演目が終了したあと、EDEN’s CLINEのライブイベントが今秋に大阪でも開催されることが発表された。会場など詳細については後日の発表を待ちたい。
今年4月にメインストーリー第3部が完結し、物語の大きな節目を迎えた『アナザーエデン』。今夏には新たに連載型の外伝クエストが実装されることも発表されており、まだまだ我々を楽しませてくれそうだ。むしろここへ来て、さらに勢いが加速しているようにも見える。

WFSのシングルプレイ専用RPG『アナザーエデン』のサウンドチームが手がけるバンドプロジェクト 「EDEN’s CLINE(エデ…