[べらぼう] 東北諸藩で死者90万人以上! 天明の大飢饉について [大河ドラマ/解説]

※概要
東北の諸藩で餓死者の多かった天明の飢饉について、天災の部分と人災の部分をご紹介。今も昔もトップ次第で下々の暮らしは変わるのね~というお話をしております。

2025年、NHK大河ドラマ「べらぼう」解説動画です。

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こんばんは。桐きです。 バットです。です。 歴史はエンターテイメント。鹿島歴史チャンネルへようこそ。 なんか疲れてんな。 いや、ま、今日はね、天名の大金についてね、お話しますからね。そんなにね、明るい話題ではないのでね、ちょっとこう暗い話ではあるんですけどもね。 こんな服で大丈夫。 私もこんな服来ちゃっていいか。ドラマでもなんかサクって言っちゃってたけど。 [音楽] そうですね。うん。 うん。ま、ちょっともうちょっと実際はひどい状態だったんだよっていうのを、ま、ちょっと今日はお話しようと思うんですけども、とりあえずね、江戸の [音楽] 3 大基金って言われるものには共の基金、天名の基金、展方の基金って、ま、 3 つの基金があるんですけど、その中でもこの天名の基金ね、スタジオの頃の基金が被害が最も大きかったと言われてる大金なんですよ。 そもそもなんですけども、田沼時代ってね、本当にもう天才の多い、もう色々ね、洪水だったりね、朝山噴火するしね、そういう時期だったんですよね。 ドラマでもさ、そもそもがさ、いきなり迷惑年の事大事から始まってるじゃないですか。 そであのね、大災害があったので年合を案に変えたんですよ。年合ってちょっと気分一進しようって言って案に変えたのにそれなのにその後も天才はま、ちょいちょいありましたし物価もね高いまだったので年合は安く長くと変われども組織高くて今に迷惑なんて千龍が読まれていたほどだったわけなんですよね。 うん。 実際年には雨が降って川が水になって関東に被害がんだ上に江戸でもあの両国橋とか大橋とかが流されちゃうっていうぐらいの人大な被害が出たのでそれでまたねを天面に変えたんですよ。 おお。変えたけれども大基金が起こっちゃったってことなんだね。 そうなのよ。 だからせっかく年合えて新規したのに津ハなんかではね、もう天 2 年にすに春から長雨でね、川が洪水起こしたりしたせいでお米がさ、 12 万国も減少になったって言われてて、東北全体見ても平均大体例の 6 割ぐらいしかお米が取れなかったっていう風に言われてるんですよね。そんな中、天名 3年山が大噴火を起こしたわけですよ。 うん。 この時の山の噴がどのくらいすごかったのかっていうの知るためには、あの、今ね、観光地になってるんですけど、山の鬼押し出しっていう、ま、天然パークみたいなとこあるんですけど、そこ行くともう当時の噴火でも一面のゴロゴロの岩石がこう今固まってすごいことになってるのが見られるので、ものすごい大噴火だったんだなってのが、ま、想像できるっていうような場所にはなってるんですよね。それ以外にも朝山と江戸ってさ、大体 140kmぐらい離れてるんですよ。 なんだけども1寸大体3cm ぐらいの肺がツもったっていう風に言われてますし離れた線でも肺が降ったっていう記録が残っているのでなので、ま、後半に農作物に被害が出ただろうなっていうのは想像に固くないわけなんですね。 ね、それ前も言ってたけどハとかをそこに雨が降ったらまた粘土上色々なるから大変だって言って 確今ねやっぱりこういろんなもの入ってるから傷がすごいつくんでしょ。 なんか車とかにも振ってもその後拭こうとしても傷がすごいつくっていうぐらいなかなか厄介なんですよ。 ただね山の噴火は江戸でのインパクトが大きかったんで、ま、天名の大基金って言うと朝山の噴火が原因だっていう風に思われがちなんですけど、ま、もちろん原因の一員ではあるんですけど、実は [音楽] 1 番の原因はね、何と言っても異常気象だったんです。 さっきも言ったみたいに天名2 年の春から夏にかけてなんかすごく涼しくて霊下だったんですよね。 なのにこの年の冬っていうのは実はね、逆に弾当だったんですよ。それでなんか全国的に見ても高量少なくて、だから雪どけ水で農業を行ってるような場所なんかは水不足になるんじゃないかななんて心配されてたっていうような年だったんですよね。 そんな感じで春の上の時期を迎えたんですけど、そしたらまた下で気温が上がらなくて、しかもそのままね、天名さんね、夏になってもね、その霊下が続いて家を着なきゃね、ならないほど寒い日もあったっていう風に言われてるぐらいのかなりひどい霊下だったそうなんですよね。 うん。 だから当然もうそんなね、涼しかったらコミなんか取れるわけもなくて、特に東北なんでね、寒い地域では津軽ハなんかではね、天名の 3年の秋から天名の4年の夏までの1 年間だけで合者が 8 万人以上出たという風に言われてますし、で、南部班なんかでは合者に加えてほら死んだ人をそのまま放置してたんで疫病が流行ったんですよね。で、その病死者と合わせると 6万5000 人に近い死者が出たっていう風に記録に残っているんですよね。 で、仙台犯なんか合視者だけで40万人も いたそうなんでね。で、しかもこういう 被害のね、数って残ってるね、記録って いうのは核半としてもね、あんまり被害を 大きく報告すると幕府に目をつけられて 監督だて言われており潰しとかになっ ちゃう可能性があるのでなのであんまり 大体そういう報告書ていうのは実より低く 報告されがちなんですよ。なので実際はま 、この残ってる記録以上の死者が出た可能 性っていうのも大いにあるわけなんです。 うん。 だからよくほら天名の基金とかって言って学校とかで習う時にガリガリで痩せた人がさ、道に倒れててなんか人肉食ってる人もいたりするご紹介されたりするじゃないですか。でも実際もうまさにあの絵の通りの地獄へずが東北では繰り広げられていたわけです。米も他のものも何ひつ育ってなかったんだ。 食べるものというもの 結局食物っていうのを、ま、米取れないってことは他の野菜も取れないってことだから育たないってことになるしでしかも東北は江戸とかみたいな商業経済っていうのが発展してないんで米だけで暮らしてるようなところだから米とかま麦もそうだけどねそういう農作物だけで暮らしてて産業っていうのがないからもう農作物取れないと終わりなんですよ。 もう何にも食べるもんなくなっちゃってお金で買うとかできないからなのでもう天候不順で米が取れないって言うと基金になって死ぬ人が出るっていうのはま、しょうがないんだけれどもこの天名の基金っていうのは天名 2年から天名8年まで6 年間も続いた大金なので途中の天名 5 年に津軽へ旅した菅蓋増っていう人がいるんですけどこの人の記録によるとなんかね道には人間の骨が散らばっ通りかかった農民に話を聞くとその骨っていうのは天 名、3年から4年にかけてした人たちで、 その時はもうガ死者で道が埋まるほど倒れ ている人がいて、まだ息のある人もいたん だけども、道を通る時はその人たちを 踏み越行くしかなくって、で、中には腐っ たね、もうすでにだいぶ前に死んじゃって 腐っちゃってるっていう死体もあって、 その肉の中に足突っ込んじゃった人もい たっていうようなことを聞いて、で、それ で菅みにそういう風に語ったその村人って いうのは当時は生きるためには馬からもう 犬からもう猫からあらゆる ものを食べて最終的には疫病で死にかかってるものを小刀で殺してその肉まで食ったでそういうのを食った人たちはもう目がギラギラして 1 目で分かったっていう風にま語っていたという風にま記録をされてるんですよね。 これ聞いた菅はいやこのまま進んだら自分もどうなるかわからないなと思って、ま、怖くなって引き返しちゃったとあるので、なので天名のね、大金の時の東北地方っていうのはもう本当に凄まじいことになっていたんだと思います。 ドラマでもね、なんかこうおかずがないから何よりもみんなご飯をいっぱい食べましたみたいなこと言っていたけど海があるから魚を取るとかそういう海沿いの人はまだ行けたとかそういうのはないんか? 江戸はまあいいんですよ。 大都市は、ま、あと、ま、西日本とかね、東北がとにかく被害がひどかったんだけど、いわゆる商業経済が発展してるところはお金があるから、それでよそから買うとかもできるし、それで商業経済で野菜以外のものがそう、それこそね、食べられるようなところだったらいいんだけれども、そうじゃないと東北地方みたいにもう農作物オンリーしかがないところだともうどうしようもない。だって自分たちが魚を買うにもコメトの交換とかなわけだから。 [音楽] うん。そうになるんだ。 そう、結局もう食べるものがなくなってしまうってこと。 取りに行くっていうこともなかなか それはまあできないよね。船ないし、網ないし、そんなのいきなりその時だけってわけにいかないしみたいな。 うん。 普段の川で釣り捨て魚食べてとかっていうのももうみんなが植えてる状態でみんなが村がって取ったらそれこそもう食べられるものは全部食べてあっという間になくなっちゃうわけですよ。だ、おそらくはせ取れるような川魚とか池の魚もなくなっちゃってた。 食べた後また一気になる食べれるものは何でも食べてたんだろうけどね。最初に だって肉まで食べたっていうわけですから。そうね。 だからもう本当食べるもんなくなったみたいなんですよ。 ただね、こうした大基金の、ま、 1 番大きい原因はもちろん天候補付なんですよ。教索になったってことなんですけれども、でもね、日本っていうのは、ま、奈良時代からずっとね、気候付による教索っていうのはあったんですよ。で、その時のノーハウってのもあったはずなんですよね。 だから例えば、ま、今でう蓄の度なんてのがそれに当たるわけなんですけど、平安時代にはすに偽装って呼ばれてで、江戸時代にもね、ま、今回もちょっと言ってましたけど囲まいって呼ばれるような、ま、呼び名は色々なんですけど、要は法作の年に余った米を保存して作の時に食べるものない人たちのために保出するっていう方法ね。こういうのが、ま、まさに今あの最近なんかあの小泉農水大臣がやってた蓄法師と同じような手法ですよね。それをやるっていう方法があったはずなんですけれども。 ただね、東北の書犯っていうのはそもそも 毎年の米の収穫量が必要量を超えることが なくて常に足りない状態だったんですよ。 だからもうそもそも備蓄するだけの余力が なかったみたいなんですよね。だってほら 年具宮具で得たコミの全てを打ってもまだ 借金しないと反の財政が立ち浮かない みたいなそういうようなね反ばっかりだっ たのでその備蓄どころじゃなかったんです よ。それでま両民の救済に手が回らなかっ たっていうようなこともあったみたいです ね。 あとはさ、コミ騒ね、最近のコミ騒の際にほら政府がアメリカとかベトナムから緊急に米買ってスーパーに流したみたいに普通だったら、ま、米がなくなった班はよその米のあるから余った米を買って自販の飲みにばらまくとかってね、方法もあったはずなんですよね。ただ天名の基金の時って全国的に索だったのでどこの班でも自分の反で米を囲い込んじゃってよそへ流すってことをしなかったわけなんですよ。 これ自体は、ま、都めって言われる時刻救済の手段としてよく取られていた方法ではあって、爆府も推奨してたんですけど、ただね、ただ中には今と一緒ですよ。最近の米ソードと一緒でね、あぎなボロ儲けをたらむやかちゅうのもんですよ。 え、ということ?その江戸時代にも嫌なダメな方のテ売イヤーがいっぱいたってこと?え、そんな人いんの? いっぱいたんですよ。で、しかも個人的にね、儲設けようとしたそういう連中だけじゃなくて、商人とかだけじゃなくてには。 はね、ハの偉いさんがテンバイヤーみたい なことをしたってところもあったんですよ 。有名なのが仙台班なんですけど、反の 財政を担当していた安倍聖門っていう男が いるんですけど、この人がね、両内に集め てあった米を全部江戸に運んで売っ払っ ちゃったんですよ。なんさ、普段はその 当時ってさ、もう米めても値段が安くて 困ってたわけなんですよね。打っても そんな大して金にならないっていうそう いうコメが今3倍以上の値段に高騰したん ですから、それは売れば儲かりますからね 。 なので仙台も他の東北書犯とね、同様借金がね、かなりあったので、今だ、今売れば借金が減らせるって、ま、思っちゃう気持ちは分からなくはないんですけども、でもそれにしてもね、この時期は違うだろうっていうね、普通の神経してたらね、そういう風に思うと思うんですけども、安倍門はそうは思わなかったみたいで、もう内にあったコミを全部高値で売っ払っちゃったもんだからおかげで反の下では人だけではなくて火級武士にすら死 者が出るほどひどい有あり様になってしまってで、ま、結局ね、安倍政門は起こった人たちに屋敷を壊された挙げに怪、ま、つまり家屋敷を募集されてお家取りつぶしにあっちゃってるんですよね。 なのでね、てめの基金って人災の側面もあったりするな。でしょ、江戸中期になるとどのでも財政が苦しくなって借金まみれになってるんですよね。なんだってほら物価は高くなる一方なのに米の値段だけは上がらないっていうね。 つまりにとってはインフレは進んで支出は増えてるのに収入は上がらない。どころか目りする一方、借金も L 一方みたいな状況だったわけなんですよ。それがまあ米がね一気に 3 番に値上がりしたったらやった借金返せるってまなっちゃうはま多かったみたいんですよね。ま、でもそこはね、個人じゃなくてね、私者政治家なんだからね備をもうちょっと考えて欲しかったなって感じではあるんですよね。 [音楽] うん。 その人たちが元気であるから余計盛り上がっていくっていうところも目先のことだけを考えてね。 そうですね。そうなんです。 もちろんね、め君と呼ばれている米沢班のね、上杉山とか白川の松田みたいにね、自販の中だけど別のね、東北服じゃないとこ米取れたところからお米を買い入れて両に配って死者を出さなかったっていう反とか、ま、あと農民のその税金が多すぎるからこういう負担になるんだって言って税金を大幅に減らすべきだっていう風に、ま、限税した相マみたいな反もあったんですけども残念ながら少数派なんですよね。 うん。 で、名の大金は、ま、主に東北の犯の被害が大きくて江戸でもね、ま、北関東あたりは餓者も多少出たみたいなんですけど、江戸市中ではね、ほとんど餓者っていうのは出てないんですよ。 というのも、ま、先ほどからお話ししていますように江戸には米があったからなんですよ。なんせ、各班がほら米を高値で売るために抱えてた米を山ほど江戸に運んできてたんで江戸に米はあったんですよ。 うん。 ところがなぜだか中には米が出回らず米の値段は江戸でもどんどんどんどん上がる一方だったわけだ。どうしてだと思います? [音楽] これもでもドラマでも言ってたようこみんな抱え込んで そうなんですよ。 だからなんだよね。 そうだ米商人が米を売らずに抱え込んで値段を釣り上げるだけ釣り上げて高値で儲設って考えてたからなんですよ。おかげでね。 天器っていうのは各地に百機が多発した他 にも主要各都市でも大規模な打ち壊しが 行われるようになっていくんですけれども 、もちろんバ府もね、無意無作ではなかっ たんですけど、まあなんていうかね、ま、 その場所の議官は否めないというか、そう いうね、政策が多かったので、ま、 とりあえず各都市で多発した打ち壊しや、 ま、それに対する幕府のね、対策とかって いうのには、ま、ちょっとね、長くなるん で、次の動画でね、お話したいと思うん ですけども、今日のところは天名の大金 っていうのは異常気象のそういうね、天才 の部分 っていうの他に被害が大きくなったのは人災の部分もあったんですよっていうことがね、分かっていただければと思います。今日の動画ためになったという方はチャンネル登録グッドボタンをよろしくお願いいたします。 [音楽] もう本当毎日暑い日が続いておりますので多分 X でまた桐リさんが色々ためになることを呟いてくださると思うので涼しい場所で Xのチェックよろしくお願いいたします。 いつもハイテンションな桐リさんがちゃんとオープニングでは自分を抑え TPO を湧きまえた行いができるのなんて素敵と思ったそこのあなた是非メンバーシップへ 一応大人ですからそういうところはちゃんと多少はねはいではまた次の動画でお目にかかりましょう金の頃を調べれば調べるほども今も昔も人間って変わらないんだ 本当になんか聞いててちょっと前の日本なんじゃないのと思ってこの話を桐さんちょっと国会議童で話してきてください。 [笑い] で、しかもさ、しかもさ、吉以降に基金っていうのが増えるんですよね。それまではま、基金あるんだけどこれほど大規模にならなかったっていうのが結局税金がひどく上がってたからなんですよ。 だから農民たちだってさ、農作物っていうのはそういう教索の年もあるってのは分かってるから自分たちで自衛を今まではしてたわけですよ。ま、教索の時のためにこっそり米隠したりとかね。そういうことをやって、ま、米はなくても、ま、泡だったり冷だったり麦だったり、とにかく年に収める以外のものはちょっと取っとこうかみたいな、そういうのはやってたわけなんですよ。農民であればあるほどね。 なんだけども、もう税金がもうとにかく 年具がもうとにかく全部もう余剰のそう いうのまでもだったら麦も取ろうかなとか 取られるようなもうとにかく全部から税金 取られるようなもうもう本当に鼻血も出 ないぐらいの税金の高さになっていたから こそ農民にもそういう余力がなくなって しまったので余力のないとこに持って共作 が来たから死者がもうガ者がとんでもない 数出るおまけに政治家はそうやってための コミをこう放出するんじゃなく 今だって言ってなんか商人みたいにして売っちゃったりとかする。商人は証人でもっと高くなるまで抱えようって言って抱え込んでるみたいなそういうね、割と歩のスパイラルになってるってところはあったわけなんですよね。 うん。でも仙代のあの人別によかれと思ってやらはったんやろうからね。ただちょっとアホやっただけで。 いや、でも普通に考えたらさ、もうジ化では食べるものがないとかって言ってるのに売るっていうね。ちょっと考えよとは思うよね。 なぜ売っちゃうそこでみたいなね。なんか借金返さなき借金返さ中でなんかその人はその人でブラック企業に務めるようなもんだからさ、もうそっちばっかりになってそっちの意識で今打ったら借金がかなり返せるってなっちゃったのかね。だからやっぱり何事も人間ね余裕がないとダメってことですよ。 あとやっぱりトップの格によってねかしないかっていうのが決まってくるからトップはちゃんと選ばなあかん。 そうそう。本当そう。 ま、あの、松田とか上杉さんのところは 一応死者はそんななかったって言われてる ぐらいなんで、もうとにかくもう 両面生活すためにいろんなことやってるん で、ありとああることやってるち素険約も やるんだけども、もうで、あとなんかこう 食べられるものをね、全部こうこれは 食べれる、これは食べれるってみんなに これ食べろ言って、ま、急行植物っていう ものをね、そういうの食べさせたり、植え させたりとかしてなんとかこう生きない るっていうことをやってるので、だから まあね、本当トップ1つでこんなに差が 出るのかっていうのが、ま、よくわかるの 大金で はあるんですよね。だから天明の大企業はもちろん天才なんですよ。天候以上が 1 番の原因なんですけれども、その被害をこれだけさ、差が出るってことは天才が起こった後の人の動きでトップの動きでこれだけ差が出るっていうのはやっぱり今も昔もやっぱりトップに立つ人のね責任って大きくなるんだろうな。トップが間違えとこんだけね被害がこう格差が出るってことなんでね。 ということで、ま、選挙はね、皆さん行きましょうって。 ちょうどね、ちょうどね、選挙だしね。 うん。 本当選挙大事。 大事だね。 うん。行かないと。 [音楽] [拍手] [音楽]

22 Comments

  1. 昔も今も政治のトップの人次第ですね
    農民は税金に苦しめられて餓死するまで我慢していたのに
    武士達は見て見ぬふりで酷いですね

    今回のドラマは佐野政言が辛すぎて泣けてきました😢
    真面目で忠義心もあって認知症の父親に仕打ちされても耐える優しい人なのに
    不遇の人生
    田沼親子と比べて真逆の不条理な人生で悲観してしまいます
    そしてラスボスの悪の罠に騙されてしまうのも仕方がないですよ
    佐野の桜は枯れてしまったのに、意知は桜の花見に行くと
    聞いた瞬間もう抑えきれない感情で立ち上がってましたね
    もう辛すぎる😭
    来週も涙なしでは見られないと思います

    あと一つ解説していただきたいシーンがあったのですが
    どこかの店が火事になったあと道を歩いていた侍が鉄砲で撃たれたシーンは
    どういう意味があるのでしょうか?
    放火犯ってことでしょうか?

  2. 天明の大飢饉についての詳しい解説ありがとうございます。歴史の教科書にも天明の飢饉のことが出てきますけど、内容まではよく扱わないので詳しく知られていないですよねぇ。天明という年号には全く逆の異常気象の影響で人々は辛苦を味わう時代でした。特に東北地方の人々の生活は凄惨を極めていたんだと。
    これが天災ではなく、人災という解説は素晴らしいです。歴史の学ぶ意味は、こうしたことが現在でも同じだということを知ることだと思っています。現在も政治が何をするかという点でも私たちは歴史の実際を知る必要がありますよね。
    こうした中でも米沢上杉藩は上杉治憲という名君のおかげで、米の備蓄や代用食の準備、多領からの買い入れ等の飢饉対策をしたおかげで領民は飢えずに済んでいますよね。トップがどう考え、人々のために何をするのかを指摘していただいた川合さんのご指摘は敬服いたします。

  3. 天明の大飢饉についての解説、ありがとうございました🙏❣️ きりゅうさんのお話で、東北の悲惨さが、頷ける程に分りました。東北の藩が元々財政難な上での飢饉‥救出の術もありませんね😢 教科書だけでは分からなかったお話でした。

  4. 選挙運動みたいなこと言っているけど、減反政策は備蓄している米(必然的に古米古古米)を売れ残りと呼んで税金の無駄遣いと言ったからだ。売れ残りが無いように田んぼ減らしましょうと都市部の連中が騒いだからはじまった。

    農家は常識的に備蓄の重要性を知っており、前年度米を食べつくして新米に手を付けた(2月3月ごろまで我慢)。

    新米が出たら古米は絶対食べないという都市部の消費者のあり方は間違っている。

    1993年米飢饉(冷夏により米生産量が例年の3/4しか取れなかった)だから都市部の人の言う売れ残り米、農家的には飢饉に備えた備蓄米が大活躍した。1995年に売れ残りと言わずに備蓄米と正式名称になった。

    備蓄米は飢饉対策であってエサ米用でも災害炊き出し用でもない。飢饉対策国民の食料安全保障だ。

    石油もない鉄鉱石もないレアメタルもない。日本で自給できる「米」は国民の命に係わる重要性産物です。

    選挙が終われば1票の格差にいちゃもんがつくんだろうけど、参議院は3倍か? 私は5倍でも足りないと思っている。都市部は農家いじめすぎ。 米国上院は各州2名だから一票の格差は50倍だよ。

  5. お米の事を思うと、本当に今も変わらないですね。 農家が報われる政治をして欲しい。 備蓄米を出してしまって、天変地異が起きたらどうなるのでしょうか。  選挙に行きます!!

  6. 飢饉というと「人、人を喰う」の悲惨な話…生きる為に食ったものの、精神的にはぶっ壊れてしまう…💀
    トップの責任は大!それを選ぶ我々は…選挙で投票しませう…😃🗳️

  7. 第二次世界大戦後の日本の飢餓も人災と言われていますしね。😔

    でも、藩主の松平定信は名君なのね。
    心くんはどう演じるのか、これから、あのコワイ江戸城'sの中でどう立ち回るのか。新しい定信像が現れるかもしれませんね。

  8. マァイズレ人口減少マジならコスト掛かる合戦オミットして天災疫病政治抗争ヤレやぁ⁉️ガチそうなるなぁ⁉️

  9. 飢えた人に食べ物をあげること・助けることは逆転しない正義、というアンパンマンの作者やなせたかしさんの言葉を思い出しました。

  10. 各藩がそれぞれ秋に収穫できる米をかたに借金をしていたため、不作でも農民からなけなしの米を強制的に取り立ててしまった。
    農民は本来その年ごとの気候の変化を見越して、通常のと早稲(わせ)と晩稲(おくて)を作っておくのだけど、
    それが無理やり換金性の高い一種だけにさせられてしまうものだから、こういう不幸が起きてしまうんだ。

  11. 天明の大飢饉ですが、その異常気象は世界規模で、浅間山だけでなくヨーロッパの火山も大爆発したことによるとも言われています。

  12. 過去帳を見たら

    ・「天明の大飢饉」の天明5~6年に3人(子供2人)

    ・「天保の大飢饉」の天保7~8年に3人(子供2人)

    が纏まって亡くなってました。

    米がまともに取れない「下々(げげ)の国」の飛騨も

    キツイ時期みたいです。

    なお1783年6月8日、アイスランドのラキ火山の噴火*1が

    「天明の大飢饉」に影響したかも知れません。

    *1「火山ガスは世界中に広がり、ヨーロッパ諸国は異常気象となり

    食糧価格の高騰を引き起こし、フランス革命の遠因になったとも言われている」

  13. べらぼうの蔦重達の時代そのものが何処となく現代と重なって見える部分は多いですね。
    吉宗の改革以降一方では庶民文化が花開いて、都市部では新しい形の成功者や
    技術の発展に希望を見出す人たち(平賀源内や田沼意次)がいる、
    その一方では困窮する状況を見て見ぬふりをされる農村や吉原に売られてくる女性たちがいる。
    社会のひずみが蓄積されて行って政治の場では徐々に八方ふさがりの閉塞感が蔓延しはじめている・・・
    この先、田沼後の時代もどういう風に描かれていくのか、注目したいです

  14. 悲惨な状況ではあったのですが。。。。。。ヨーロッパや中国の歴史ではそれこそ人口の3割とか4割とかの餓死者や病死者が何度となくおきております。日本では立派な為政者や秩序を保った領民の比率が高かったのでは考えます。

  15. 選挙は義務じゃなくて権利
    先人が必死でゲットしてくれた権利!
    我々が責任持って国のトップを選ばねば!

  16. 現在我が国のトップは愚者揃い踏みでこのままでは浮上の見込みなし
    本当に、選挙に行きましょう‼︎

  17. 私の住む秋田県横手市で毎年8月に行われる送り盆まつりは、享保以降の飢饉の犠牲者を弔うために始まったとされていて、菅江真澄も記録しています。
    8月15日は市民盆踊り、16日は藁で作った屋形舟のぶつけ合いが見どころです。
    かしましの皆さんもぜひ遊びにいらしてください。

    江戸の代(よ)の
    飢饉供養が始めてふ
    米なき夏の盆踊りかな

  18. 青森にいる親族は江戸時代から続く家系だとよく言い聞かせられて育ちましたが、天明の飢饉などよく乗り越えられたなと感心しました。

  19. 江戸時代は、米至上主義の時代だからね。無理してでも米を作る。米が穫れないと、他に食うものが極端に少なくなる。しかも、米が高騰するので、武士と商人にとっては悪い話でもないと。

  20. 😮😮😮ワー大変、凄い。凄まじすぎる。この様に学校は教えてくれない。キリユウ先生ありがとうございます。😢😢😢

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