「僕たちは過程を楽しんでいる」
――THE SPELLBOUNDと夢ノ結唱のコラボレーションを遡ると、まず2023年にPOPYを用いた「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」、ROSEを用いた「マルカリアンチェイン」をリリースします。小林さんの仮歌で楽曲制作をしたあと、POPYとROSEに合わせて中野さんがアレンジをなさったそうですね。
中野:小林くんと僕の作曲は日頃からギターをジャーンと鳴らしたり、ピアノをバーンと弾いたりしながら考えていくというトラディショナルな方法なので、今のところはそれと同じように制作をしていますね。ただ最終的なボーカルはソフトウェアが担うので、そのポテンシャルが発揮できる音符のあり方は心掛けました。
小林:自分たちの新曲を作るつもりでメロディと歌詞に着手するんですが、僕の歌は僕なりの癖や素振り、人生といった言語化できない情報も含んでいるんですよね。POPYやROSEに歌ってもらうというのはそれがない状態なので、ひとつの音楽としてどんなものが立ち上がってくるかを逆算したり、ブーストさせて僕にはできないすごいことを起こしちゃおうという遊び心がビジョンとしては常にありました。
Synthesizer V AI 夢ノ結唱 POPY/世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて
Synthesizer V AI 夢ノ結唱 ROSE/マルカリアンチェイン
――同時に小林さんが歌うことも大事にしていらっしゃるのかなとも思いました。実際に2024年リリースのTHE SPELLBOUNDのフルアルバム『Voyager』では2曲ともセルフカバーをなさっています。
小林:それこそ先ほど中野さんが言っていた「技術の進化に人間が追いついてくる」をこの2曲のセルフカバーで実感しているんですよね。特に「世界中の~」のような早口の楽曲は身体的負担が大きくて、それをなんとか乗りこなそうとすることで生まれるエモーションや切迫感があるんです。Synthesizer Vによって僕が拡張された部分はそこだとは思っていて。
中野:それで制作の発想のギアが変わった感覚はあったんですよね。そこからツアーで演奏を重ねるごとにだんだん楽曲と自分たちが一体化していって、今年のPASTELを用いた「Singer」とHALOを用いた「手を叩け今ここで祈るだけ願うだけ」の制作では、我々も進化した状態から着手できたんです。ソフトウェアの進化が、自分の感覚を拡張してしまう。そういう超自然的現象が面白くもあり、ちょっと恐怖もあるんですよね。生成ボーカルの技術の進化はさらにとどまるところを知らないだろうし。
小林:ほんとそうですよね。“僕らしさ”みたいな情報量もあっという間にトレースされていくのかもしれないし、“感動”をアルゴリズムで解析してキャプチャーしていく技術も日進月歩でしょうから。
中野:その情報量を解析されてしまったら、我々はどうやって生きていけばいいのか?という話になってくる。人の声はその人の歩んできた人生から発せられていると感じるんですよね。その人の発する一言で感じ取れることって実は多くて、それが人の声に宿る情報量だと思うんです。AIが生成した文章も音声も、今は“それっぽいもの”ではあるけれど、解析が進むと血の通った、書き手やボーカリストの人生まで透けて見えるような力強い表現をAIがするようになるかもしれない……と考えるとやっぱりおっかない(笑)。
小林:全然あり得ますもんね……(笑)。でもそういう世の中になったとき、人間にどんな価値観が生まれているかは未知数ですし、今は『Synthesizer V』を使えることに最もエキサイトを感じられる時期なのかもしれないと思っています。楽器が弾けなくて歌も歌えない人でもクリエイティブを実現できることはすごくいいと思う。ただそんな心理を利用した悪徳サービスも生まれてくることは危惧しているし、どういう世の中になっていくかという恐怖感もありつつ、視野を広く持ったうえで裾野が広がっている今の時代をポジティブに味わいたいんですよね。
中野:小林くんの言うとおり、今の段階では小林くんと僕の感性が試されるという領域はしっかり残されているので、夢ノ結唱での創作活動は楽しいですね。まだまだ希望を持って音楽に取り組んでいきたいという気持ちではいます。
――2025年はPASTELを用いた「Singer」とHALOを用いた「手を叩け今ここで祈るだけ願うだけ」をリリースしました。先ほどこの2曲について「進化した状態から着手できた」とおっしゃっていましたが、歌詞の面でもサウンド面でも人間とソフトウェアの対比をよりユーモラスかつダイナミックに映し出している印象を持ちました。
小林:歌詞もPASTELとHALOの楽曲は『Synthesizer V』が歌うことを前提にSF的な舞台設定を考えました。これから起こりうる予感や、僕らが可能性を感じながらも抱えている葛藤を楽曲それぞれにちゃんと落とし込めた実感がありますね。
中野:POPYとROSEで試行錯誤しながら楽しんだクリエイトを経て、『Synthesizer V』らしさやキャラクターボイスを自分たちの手中に収められたことで、意図したものを作れた感覚はありましたね。声のキャラクターも楽曲のカラーレーションに大きく影響を与えているので、よりフィーチャーリスティックでアイコン的な要素が強く出ているかなと思います。ロックやオルタナティブな音楽に可愛らしい女の子のキャラクターのボーカルをどのようにエモーショナルに響かせるかは結構悩んだけれど、結果的にすごく感情表現豊かなものになった気はしていて。
小林:『Synthesizer V』のポテンシャルをプレゼンできる使い方にもなっていると思いますね。すごく抑制された語りぐらいのものからとんでもないハイトーンまでフルに使い切りました。
中野:ラップ的なパートも今回挑戦していて、ここまでできちゃうんだなあ……と思いましたね。ラップは歌というよりはおしゃべりに近いから、言葉に力を入れたり抜いたりの連続なんです。歌の解析は研究がたくさん進んでいるけれど、ラップやしゃべり言葉の解析はまだこれからの分野なんじゃないかなとは思っています。
Synthesizer V AI 夢ノ結唱 PASTEL/Singer
Synthesizer V AI 夢ノ結唱 HALO/手を叩け今ここで祈るだけ願うだけ
――この2曲もセルフカバーするご予定ですか?
中野:やってみたいですよね。単純に音源として世に出していくだけでなく、自分たちのライブ会場で僕たち人間が一生懸命演奏するというのがすごくエモい行為なので、そこまで行って完成するような感覚があるんです。今回も「小林くんがこの曲を本当に歌えたぞ!」みたいに驚くんだろうし、観に来てくれた人が早口の曲を口ずさんでくれる様子を見ると、やっぱり音楽っていいなという思いに着地しますし。
小林:ライブで早口のところを歌い切ると、ちゃんと客席から拍手が起きます(笑)。
中野:「世界中に響く~」と「マルカリアンチェイン」は感動的な景色を生むんです。僕らは生身の人間のミュージシャンなので、ソフトウェアのボーカルで作った楽曲も最終的には人間が勝ち取っていくという気概でもってやっているところもあるんですよね。
――そのエピソードを踏まえると、アルバム『CULTIVATION』に新たに収録されているPOPYとROSEによるTHE SPELLBOUNDのカバー曲「すべてがそこにありますように。」が意味深です。
中野:やる前は「本当にちゃんと形になるかな?」と思っていたんですけど、歌い始めからちゃんと「すべてがそこにありますように。」になったという……。アレンジもまったく変えていないんです。
小林:でも僕らの曲をPOPYとROSEがカバーしたことによって、やっぱり『Synthesizer V』が持っているポテンシャルは、自分たちがどういうプロセスで音楽を作ったかによって発揮されるものなんだなとは思いましたね。ボーカルを置き換えたときに「あの要素が足りない」や「『Synthesizer V』ならではの良さが立ち上がったとは言えない」というジャッジを的確にできたのは、僕らが一つひとつのプロセスを大事に制作してきたからであり、だからこそあのクオリティにたどり着いたと思うんです。ソフトウェアでありながらも、結局のところ作り手の思考が反映されるんですよね。そういう意味でも、僕たちは過程を楽しんでいる。
中野:やっぱり小林くんは本物の歌手だし、僕もいままでに生身のボーカリストとたくさん関わりを持ってきて「こう歌ってほしい」「こんなところが素晴らしかった」という体験をたくさんしていて。だからこそボーカリストとしての表現力が高まっている現代の『Synthesizer V』のポテンシャルを発揮させられたのかもしれませんね。豊かな音楽体験をたくさんしている人が持っているビジョンを、解像度高く表現できるソフトウェアだとは思います。だんだん人間が歌う歌も完璧なピッチに近づいているから、それこそ『Synthesizer V』に追いつくかもしれない。
小林:ボーカルの在り方はどんどん変わっているなと感じます。僕が子どもの頃に聴いていた音楽は、そのボーカリストの癖や在り様がすごく豊かで。いまBLANKEY JET CITYを聴いてみると、「どのメロディを歌っているんだ……!?」ぐらいの凄みを感じるんですよね。
「すべてがそこにありますように。 (COVER)」
――20世紀の音楽はある程度の秩序が存在しているとはいえ、そこを自我でもってはみ出していくことが許容されていたというか、それをみんなが面白がっていた時代のような気がします。
中野:だからみんなもうちょっとわがままに生きてもいいかもしれないですね。いまの子どもたちには自由を勝ち取ってほしい。
小林:うん。本当にそうですね。
中野:何かに収まっていくことを拒否してもらったほうが楽しいと思う。反抗や闘いではなく、自然体で自由を手に入れてほしいなと思います。
小林:進化した技術で作られた枠組みに収まるのではなく、さらにそれを超えたところで「この道具を自分だったらこんなふうに使えるんだ」というクリエイティビティを大事にしてほしいですね。『CULTIVATION』に収録されている楽曲はそれぞれのアーティストの哲学や音楽に対する眼差しがすごくわかりやすく表れていると思うんです。
――そうですね。先ほど小林さんがおっしゃっていたように、どの楽曲も作り手の思考やポリシーがクリアに反映されている。
中野:『CULTIVATION』の参加アーティストのほとんどがボーカロイド文化で育っていないのもあって、ボーカロイドの様式美や流儀で楽曲制作をしていないんですよね。ルールを軽く飛び越えられるアーティストが揃ったからこそ、ソフトウェアの新しい可能性をいろいろと見せられたんじゃないかなと。
小林:同じソフトを使っていてもこんなに違うものが出てくるということは、人が作ることに対して示唆的であるということだと思うんです。これが画一的になっていくと、ツールに人間が負けたことになる。でも『CULTIVATION』は、それぞれのアーティストの美学がそのまま表れたものになった。歌声を持たずに生きてきた人たちが「自分はこんな音楽を持っていたんだな」とたどり着くことができる。このソフトウェアがそんな希望になるといいなと願っています。
アルバム『CULTIVATION』
夢ノ結唱 POPY(ポピー), 夢ノ結唱 ROSE(ローズ), 夢ノ結唱 PASTEL(パステル), 夢ノ結唱 HALO(ハロ)
2025/7/16 RELEASE
<数量限定生産グッズ付特装盤(CD+グッズ)>
BRMM-10952 10,450円(tax in.)
<通常盤(CD)>
BRMM-10953 4,950円(tax in.)
公演情報
【SONIC MANIA】
2025年8月15日(金)
千葉・幕張メッセ【BOOM BOOM SATELLITES Special Set !!Spiritualized!!】
2025年10月10日(金)
東京・CLUB QUATTRO【BIG LOVE Vol.7】
2025年11月6日(木)
大阪・UMEDA CLUB QUATTRO【5th Anniversary-The All-Magical Spellbound Show-】
2025年12月13日(土)
東京・Zepp Shinjuku
公演詳細
関連リンク
夢ノ結唱 BanG Dream! AI Singing Synthesizer 公式サイト
夢ノ結唱 BanG Dream! AI Singing Synthesizer X
夢ノ結唱 BanG Dream! AI Singing Synthesizer YouTube