まず、Sónarのような国際的ブランドがSuperstruct Entertainmentのポートフォリオに含まれ、イベントが成功すればするほど企業グループ全体の評価額を押し上げることが考えられる。これにより、将来的にSuperstruct Entertainmentを売却する際の“出口(イグジット)戦略”がより高値で実現しやすくなるだろう。
また、人気フェスが多数集まったポートフォリオは、市場にとってひとつの魅力的な“商品”とみなされ、売却先の幅も広がるはずだ。Sónarのようなイベントがもつ来場者データや都市における影響力は、他の事業分野(広告、不動産、観光政策など)でも活用される可能性があり、これもKKRにとって重要な無形の資産となる。
KKRをはじめとするプライベート・エクイティ(PE)ファンドは、企業を買収した後に短期間で企業価値を引き上げ、最終的に転売または上場によって利益を得る戦略をとる。その際の典型的な手法として、買収先の経営陣やコスト構造の見直し、ブランド資産の集中投資、非収益部門の切り捨てなどが一般的だ。
一方で、KKRによる買収の失敗例として、かつて米国最大の玩具チェーンとして知られたトイザらスが経営破綻した事例が知られている[編註:日本事業は日本トイザらスが継続運営している]。このほか、PEファンドが過剰な借入金によって企業を買収し、財務負担に耐えきれず企業が崩壊した例もある。
つまり、Sónarのような文化イベントに対しても、収益率や拡張性を重視する圧力が将来的に強まる可能性は否定できない。一見して現場に干渉しないように見えても、グループ全体の収益最適化という観点から、プログラムの商業化や地域性の希薄化が進むリスクもある。
それに短期的な収益最大化を優先する運営は、文化事業において長期的な信頼や公共的価値の損失を招きうる懸念が常に付きまとう。こうして文化的な自律性が揺らいでいく危険性についても、Sónarに批判的な声を上げた人々や、ボイコットしたアーティストたちは懸念を抱いていたと言っていい。
Sónarのもつ「都市公共圏」としての役割
Sónarは1994年に初めて開催されて以来、バルセロナという都市の文化的実験精神と共鳴しながら発展してきた。初期は前衛音楽とテクノロジーを結びつけるニッチなフェスで、バルセロナ現代文化センター(CCCB)を会場に都市中心部の知的かつ開かれた公共空間で開催され、やがて世界的な文化イベントとして認知されるに至ったのである。これは単に観光資源としての成長ではなく、Sónarが都市における「公共圏」の一部として機能してきたことを意味する。
ここで言う公共圏とは、音楽やアートを媒介にして市民が政治的・社会的な問いを共有し、批評的対話を可能にする場である。例えば、音楽テクノロジーの展示や実演に加え、トークやパネルディスカッションが繰り広げられる「Sónar+D」のプログラムは、テクノロジーと社会、倫理、環境をめぐる討議の場としても設計されており、商業的な枠組みに収まらない思考と参加の空間を提供してきた。