そうですね。映画館で何かを体験するというのは、やはり特別な経験になるのだと思います。同じバンドでも、公演ごとに演奏曲もセットリストも少し変化するけど、友達同士で「何を演奏した?アンコールは何だった?」なんてふうに話し合うことがありますよね。たとえまったく同じものを観ていなくても、経験を共有することはできる。それととても近い感覚が、この映画にもあるんです。
普通の映画なら、一度観れば誰もがまったく同じシーンとその配列を体験することが前提としてあったわけですが、このプロジェクトは、そこに根本的な問いを投げかけています。いまあるテクノロジーを活かせば、映画という形式の中で、まだ見ぬ可能性がたくさんあるはずなんです。もっと創造的に、「映画とは何か?」を問い直すことで、まったく別の未来が見えてくるとぼくは信じています。
PHOTOGRAPHS: SHINSAKU YASUJIMA
━━プログラムが生成したテクノロジカルな映画ですが、ある意味では、とても一貫してパーソナルな作品でもあります。このプロジェクトにおける“個”と“システム”の関係については、どう考えていますか?
それこそが、ぼくにとっての「映画制作」なんです。ある意味では、それはキュレーションであり、プログラミングでもある。完成するすべてのバージョンにぼくが直接関与しているわけではないが、素材全体の方向性や、どういう関係性を持たせるか、“構造”の設計には明確に個が反映されてるのです。
従来とは異なるかたちのクリエイティブとコントロールを働かせることは、ぼくにとってもチャレンジでした。時には、ぼくなら選ばないような並びでシーンをつなぐこともあります。それでもシーンが成立し、物語が生み出され、観客が惹き込まれているのであれば、それで何の問題もないじゃないかと、自然と思うようになりました。
『Eno』とイーノ
━━ブライアン・イーノという人物には、知性、文字通りの意味での現実性、感情的な面など、いろんな側面がありますが、どのような側面があなたに影響を与えたのでしょう?
もちろん、最初に出会ったのは音楽でした。現代音楽の中でブライアンほど広範囲に影響を与え、多くの名盤を手がけ、音楽の捉え方そのものを変えてしまったアーティストは、そう多くはありません。でも、ぼくを本当に惹きつけたのは、彼の「創造性」に対する姿勢でした。彼自身だけでなく、彼の周辺にいる他者がより創造的になっていくことも、とても大切にしているように感じます。実際にぼく自身も、ブライアンのそのような考え方や姿勢によって、この映画をつくりたいと思うようになりましたし、プロジェクトを続けていく最大の動機になりました。
ぼく自身、これまでもデザインや建築、音楽、創造性をテーマに映画をつくってきましたが、それらすべてに共通しているのが「クリエイティビティ」という軸なんです。だから本作で最も注力した部分は、登場するあらゆるシーン、どの素材にも、何らかの創造的な学びや発見を込めることでした。ブライアンはこれまでの制作やアーティストとの相互の影響について語ってくれることもありますが、ぼくたちの対話は「創造性とはどういうものか」というプロセスや思考へと向かっていったんです。
なので映画の中では、彼自身の仕事を例に挙げることはあっても、ブライアン・イーノのキャリアを年代順に語るようなドキュメンタリーにするつもりはありませんでした。、彼の「創造的思考」にフォーカスし、それを通じて観る人自身のインスピレーションにつながるような映画にしたかったんです。
━━ブライアン・イーノの音楽作品のなかで、あなたにとって特に印象深いアルバムはありますか?