NHK連続テレビ小説『あんぱん』の舞台は戦後に移り、主人公ののぶ(今田美桜)は「高知新報」の記者として働くようになった。そのきっかけを作ったのは、闇市で出会った東海林明(津田健次郎)だ。「君のような人を私はまっちょった」「採用!」と、さものぶの才能を見初めたかのように声をかけるのだが、それは酔った勢いで言っていただけで、翌日のぶが新聞社を訪ねてみると、覚えていない様子だった。結局のぶは改めて入社試験を受けることになるが、面接で「愛国の鑑」と呼ばれていたことを理由に落ちてしまいそうになる。それを、「私が責任を持ちます」と東海林が請け負って、入社することになった。

朝ドラには、こうした「運命の上司」が存在することが多いようだ。その上司からの言葉や教えは、後々の主人公の人生に、大きな影響を与えることになる。
最近の作品で印象に残っている上司役といえば、『虎に翼』(2024年度前期)の桂馬等一郎(松山ケンイチ)だ。カリスマ的に優秀な裁判官である桂馬は、ヒロインの猪爪寅子(伊藤沙莉)が大学の女子法科に入学する時に出会うのだが、一貫して女性が法律家になることに疑問を持っている人物だ。しかし、寅子の父の冤罪事件の裁判の際、桂馬が無罪判決を出したときに、寅子とこんなやりとりをする。
桂馬は、「当然のことをした」だけだと言うのだが、寅子は「法律とはきれいな水が湧き出る水源のようなもの」だとして、「私たちは、きれいなお水を(中略)守らなきゃいけない。きれいなお水を正しい場所に導かなきゃいけない」と持論をぶつける。桂馬は、「君は裁判官になりたいのか?」と目を丸くし、「ああ、ご婦人は裁判官にはなれなかったね。失礼」と、残念とも嫌味ともとれる様子で話す。それは、寅子に裁判官の素質があることをうっかり示唆する発言だった。以来、寅子は、就職も昇進も、桂馬に直談判するような間柄になる。二人はいつも熱く法律論をぶつけ合うようになるのだ。
法律とは「きれいなお水が湧きでている場所」。憲法記念日に放送された『虎に翼』(NHK総合)第25話で語られたセリフである。
…
桂馬は、女性が法律家になることを受け入れられていないのに、寅子の実力と素質を見抜いてしまい、そんな自分に最後まで戸惑っていたのかもしれない。桂馬は最終回でも、「私は今でもご婦人が法律を学ぶことも、職にすることも反対だ」と頑固だった。そして、寅子は特別な女性だったのだ、というようなことを話す。しかし、寅子のような女性はたくさんいることに気づいて、「前言撤回。君のようなご婦人が特別だった時代はもう終わったんだな」と、寅子の今までの生き方を賞賛しつつ、自分の考えを改める。相反しながらも互いにその才能に惹かれあい、ともに成長していくバディのような上司と部下の姿が見事に描かれていた。