◆他者の痛みと混ざり合う記憶
体が、地面から浮いている気がする。本書を読み終えてからずっと、そんな気分だ。「鬼は来ない日も来る」「天王星でルビーの雨が降っている」。章タイトルがもう胸を打つ、と思えるのはしかし、私がこの本を読了したからだろう。
ルーマニア出身の文化人類学者であり2児の母親である著者が、フィールドワークの地である青森での暮らしをつづったエッセイ集。簡潔に説明したらそうなる。しかし、学者による論考めいた文章や、日本を外野から評する文章、あるいは母親としての喜びをつづる文章ではない。
「暴力の泉があるとしたら、山の森の奥のまだ誰も歩いたことのないところにある、黄色い岩から流れる黄色い水のようなものだ」
本書が根ざすのは、ひとりの女性として生きる著者自身による徹底的な世界への参与観察だ。彼女はとくに、「痛み」にフォーカスする。社会主義国時代のルーマニアに生まれた痛み、外国人女性かつ母親として暮らす日本での痛み、そして、生き物や自然を観察するなかで抱く痛み。痛みを翻訳する詩人としての彼女の言葉は住んできた土地、見てきた映像、出会った人々についての記憶を自在に混ぜ合わせ、気づけば、見知らぬ誰かの人生に想像を及ぼしていく。
この、フィクションへの飛躍には、当初面食らった。でもよく考えたら、前作『優しい地獄』のときから、彼女は何も区別せず書いていた。過去と現在は混ざり合うし、人間と自然も混ざり合うし、喜びと痛みも混ざり合っていた。ジャズのような即興性で展開される文章が、自身の痛みから、他者の痛みたちへと向かい、フィクションと溶け合ったのは必然なのだ。
「書くことも、映像を撮ることも、踊ることも同じだ。かくれんぼをする感覚に近いかもしれない。世界から隠れて世界を発見する」
当事者性や被害者性を盾に他者を「取り締まる」傾向を感じる昨今のフェミニズム運動に、一石を投じる表現でもある。大胆不敵な本だ。
(柏書房・1980円)
1984年ルーマニア生まれ。文化人類学者。獅子舞や女性の信仰を研究。
◆もう1冊
『新装版 苦海浄土 わが水俣病』石牟礼道子著(講談社文庫)
