◆繫がる謎 大スペクタクルへ
ユビキタスとは遍在という意味だ。この単語から多くの人が思い浮かべるのはユビキタス・コンピューティング、つまりあらゆる場所から情報システムにアクセスできる仕組みだろう。しかし、本書のユビキタスはそうした領域のことではない。伝統的なSFのアイデア・カテゴリに従えば、この小説は人類家畜がテーマだ。これは、人類より上位の生命体が存在し、私たちは気づかぬうちにその生命体に操作されているというもので、英国作家E・F・ラッセルが1939年に雑誌発表した『超生命ヴァイトン』が代表作である。
もちろん、旧式のアイデアを鈴木光司がそのまま再生産するはずはなく、現代的なアプローチを導入している。それは情報の観点だ。デジタルな情報ではない。ひとつは自然環境(生態系)に行き交う情報。それがSFとしての焦点であり、題名のユビキタスもそこにかかわってくる。もうひとつは古文書に隠された秘密の情報(暗号)だ。その解読が、ミステリアスな興味を喚起する。
物語の導入は、売れない探偵の前沢恵子が引き受けた人捜しだ。老夫婦から消息不明の孫(入り組んだ事情があって生まれた記録すら曖昧)の捜索を依頼される。調査の過程で彼女が行きあたるのは、南極観測隊が3千メートル超の深層から取りだした太古の氷、楽園を志向した小規模な新興宗教団体で15年前に起こった集団死、宇宙と生命の仕組みを科学的に解明しようとして異端視されている物理学講師──などだ。恵子がこれらのことがらを知るのはそれぞれ別の方面からだが、調査をつづけるうち、奇妙な脈絡が形成されて、途轍(とてつ)もない事態が立ちあがる。首都圏がパニックに陥るクライマックスは、この作者の面目躍如たるスペクタクルだ。
謎と謎が繫(つな)がっていく過程で、偶然が作用したり登場人物の閃(ひらめ)きで進んだりと、いささか性急なきらいもある。ただ、作者は承知のうえで、エンターテイメントのアクセルを踏みきっている。鈴木光司にはためらいはない。
(KADOKAWA・2035円)
1957年生まれ。作家。『リング』『らせん』など多数。
◆もう1冊
『エッジ』(上)(下)鈴木光司著(角川ホラー文庫)。米シャーリー・ジャクスン賞受賞。
