土日は介護事業者が入れない?友達を泊めたら組合にお金を請求された?そんなトンデモルールが支配するマンションの改革に立ち上がった住民たち。だがその道のりは険しく、総会は荒れに荒れた。1200日の闘いの記録。

マンションの総会に、何回出たことがありますか?

私はゼロだ。

実家は100世帯弱のマンションで、定期的に総会のお知らせがポストに来ていたり、掲示板に貼り出されたりしていた記憶があり、父か母が出席していたが、紛糾したことを聞いた覚えはない。「また管理費が上がるのよ」なんて愚痴は出るものの、住民が集まって、年に一度お茶を飲んでまったりして帰ってくる。そんな印象に過ぎなかった。

管理会社も大手でしっかりしているから、そもそも大丈夫だろうという信頼は、両親に限らず、住民の大半が持っていたと思う。

そして賃貸生活になると、当たり前だが、総会には出席しなくていい。というわけで、総会とは縁のない人生を送ってきた。

私にとってマンションの総会は、“とりあえず”開かれるもの。基本的にはつつがなく合意されるもの。おかしな議題は上がらず、マンションに必要な施策が提案されるもの。

そう思っていた。この本を読むまでは。

「渋谷の北朝鮮」の帯が語ること

本書の舞台は、東京・渋谷区に立つ秀和幡ヶ谷レジデンス。新宿から京王線で2駅、幡ヶ谷駅からわずか徒歩4分という至極便利な立地であり、ビンテージマンションとしても評判のいい「秀和ブランド」を掲げる約300戸の中規模マンションだ。

住人の多くはミドルからシニア層。落ち着いた暮らしを送っているのかと思いきや、そこには管理組合が設定した謎のルールがあり、住民が支配されているというのが、“渋谷の北朝鮮”という表現につながっている。


平日17時以降や土日は、介護事業者やベビーシッターが出入りできない
給湯器はバランス釜だけで、所有者もリフォームできない
マンション購入の際に、管理組合と面接がある
引っ越しの際に、管理組合に荷物をチェックされる
友人を泊めたら、民泊とみなされて費用を請求された

などなど。

著者は、こうしたルールに異議を唱え、マンション自治のあるべき形を取り戻したいと考えた住民たちの、数年にわたる闘いを追い、本書を書き上げた。

「ヘンテコルール」だけで総会の牙城は崩せない

おそらく、一見しただけで大半の人がこんなルールはおかしいと思うだろう。

だが実際には、こうしたルールは秀和幡ヶ谷レジデンスの総会において「多数の賛成」で可決され、正式な手続きを経てルール化されてきている。

いやいや、なんで?

その答えのひとつが「委任状」だ。マンションにおいて、区分所有者(=ひとつひとつの部屋の持ち主)が総会に出席する場合はその場で議題について賛成か反対を表明するが、何らかの事情で総会に出られないときは、誰かの判断に賛否を委任する書状を提出することができる。

むろん、委任状すら出さない区分所有者もいるが、秀和幡ヶ谷レジデンスにおいて、総会の出席者と委任状の数を合わせた全体票はおよそ270。その半分の135が、議題への賛否を決定づけることになる。

このヘンテコルールが長年まかり通ってきた背景には、たとえば部屋を賃貸に出し、ルールの存在すら知らないとか、管理組合はしっかりしているんだから、異議を唱えている人たちの方がおかしいんだろうとか、事なかれ主義で距離を置いているとか、さまざまな理由で管理組合の判断を支持してきた多数の委任状の存在があった。

「ヘンテコルールがある」と一瞬メディアで話題になっても、それは打ち上げ花火のようなもの。所有者ひとりひとりが意志を持って管理組合にNOを言わない限り、何も変わらないのだ。

30年にわたりマンションを牛耳ってきた管理組合。彼らは実際、総会の承認を受けて再任を続け、自治という名の下にマンションを支配してきた。理事長についても、最初は非常に仕事熱心でいい人、信頼できるという評判だったという。

秀和幡ヶ谷レジデンスは、自宅ではなく賃貸目的で購入しているオーナーも少なくなく、彼らの多くが、最初の印象のままに総会では管理組合に委任状を託し続けていた。管理組合側が何かと口にする「多数の信任を受けている」という言葉は、あながち間違いではないのだ。

委任状の数を武器に高くそびえたつ壁に対し、まさにドン・キホーテのように戦いを挑んだ数名の熱を、著者は丹念に追い続けた。最後は数の勝負。となると、どうやって1票でも多く委任状をこちら側に集めるのか。

仲間割れが起きたり、醒めて運動を離れる人が出たり、遅々として進まなかったり、予想外のところでパズルのピースがはまったり、ドラマのようにスピーディに劇的ではないが、カタツムリが少しずつ前に進むように、動きは広がっていく。

700万棟のマンション、700万の総会

冒頭に書いたように、マンションの総会というのは、私にとってはシャンシャンと合意がなされ、出ても出なくても結果は変わらないものという認識だった。周りの話を聞いても、マンションの総会イコール面倒なもの、というイメージが強いようだ。

出られないなら、管理組合の理事長にマルをして、委任状を出しておけばいいんでしょ?というように。

だが、たった一票、されど一票。秀和幡ヶ谷レジデンスでも、最後、勝負を決したのはわずか2票の差だった。

現在、日本には約700万棟のマンションが建っている。そしてそのすべてで、住民による総会の開催が義務付けられている。明日は我が身。本書を読み、そう感じた。

『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』

『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』

毎日新聞出版
発行日:2025年3月5日
四六版:240ページ
価格:1760円(税込み)
ISBN:978-4-620-32826-3

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