音楽は、どの国の人であっても理解できる言語であり、どんな文化であってもそこの人々の物語を紡ぐ音色がある。それが琴の弦であれ、ピアノの鍵盤であれ、スチールパンのバチであれ、はたまたソプラノ歌手の高らかな歌声であれ──。音楽を通じ人々がより容易に互いとつながれるようになる中、異国の音楽家同士が文化の垣根を越えて協働することで、国際交流の輪は広がり続けている。マリオナ・ソコロ・マルティネスさんとガラ・セン・ヒル・コンチェスさんはいずれも、バルセロナからの交換留学生だ。2人に、東京で音楽を学ぶことが音楽家として、そして人としてどんな成長につながっているのかを聞いた。

東京音楽大学で学ぶマルティネスさん(左)とコンチェスさん(右)
音楽は常に生活の一部だった
マルティネスさんもコンチェスさんも、幼少時に音楽愛に目覚めた。「ギターを始めたのは4歳の時でした。これくらいの、とても小さなギターでした」。マルティネスさんは、両手で小さな楽器を持つしぐさをしながらそう語る。「だから、あるときに音楽をやろうと決めたわけではありません。物心つく前から、音楽は常に私の生活の一部でした」
コンチェスさんが初めてビオラを手にしたのは、小学校のときだった。「6、7歳の頃だったと思います。私の学校には音楽の特別授業として、一人ひとりが5~10分楽器に触れる機会がありました。なぜかは覚えてないですが、私はもっと弾きたいと親に言ったんです」。コンチェスさんはマルティネスさんに笑いかけながら、「そのときは私のビオラもとても小さかったです」と語る。
マルティネスさんとコンチェスさんはいずれもカタルーニャ州の小さな町で育ち、幼い頃から音楽が好きだった
友人同士の2人は、ともにスペイン北東部カタルーニャ州の小さな町出身だ。マルティネスさんはトレンプ、コンチェスさんはモハとビラノバ・イ・ラ・ジャルトルで育った。「お互いの故郷についてはたくさん話しました」とコンチェスさんは言う。「小さな町に住んでいたので、正直あまりやることがありませんでした。のめり込めることがあったのは良かったです。もちろんその時は、それがいずれバルセロナ、ましてや日本での暮らしにつながるとは思ってもいなかったのですが!」
マルティネスさんとコンチェスさんは、欧州でも名高い音楽大学であるバルセロナのリセウ高等音楽院に在籍している。1837年設立の同校は、有名なランブラス通りにある市内最古の歌劇場であるリセウ大劇場とも深いつながりがある。世界三大テノールの一人であるホセ・カレーラス、ソプラノ歌手のモンセラート・カバリエ、ピアニストのフランク・マーシャル、作曲家のエンゲルベルト・フンパーディンクをはじめ、同校にゆかりのある著名音楽家は多い。
同校への進学は「好きな音楽を続ける素晴らしい機会でした」とマルティネスさんは語る。「リセウには素晴らしい教授陣に加えて、長い歴史と伝統もあります。バルセロナという素晴らしい街に移住したことは、音楽家として、そして人として初めての大きな冒険でした」
「でもそこで、今度は日本に留学するチャンスがあると聞いたんです」と語り、マルティネスさんは目を輝かせた。
「東京で音楽を学ぶ」が日本移住の選択肢に
かつて日本留学で学ぶことといえば、日本の言葉や社会、文化の研究がもっぱらだった。だが近年、国内の大学は多様な学生を誘致するべく、幅広い分野のプログロムを提供するようになっている。
日本の名門校として長年にわたりクラシック音楽の研究と演奏技術の向上を促進してきた東京音楽大学(TCM)は、留学生向けの音楽教育に率先して取り組み始めた。TCMでは、経験豊富な教員による英語での授業や個人レッスン、日本語の授業、日本での生活に関する特別な支援を留学生に提供している。
TCMホールは、2019年に開校した同大の中目黒・代官山キャンパスにある数多くの最先端施設の一つだ Photo: courtesy of 東京音楽大学
いつかは日本に住みたいとずっと考えていたマルティネスさんは、音楽がその夢を叶える道になるかもしれないと知り、心が躍ったという。「2年ほど前から、東京に引っ越す機会があったときに備えてバルセロナで日本語の勉強を始めていました。音楽で日本に行けるかもしれないと知ったことは、とてもうれしい驚きでした」
一方のコンチェスさんの日本留学は最初から計画していたわけではなく、マルティネスさんに触発されたのだという。「それまでは日本についてあまり考えたことがなかったのですが、自分たちが日本について知っていること──とはいっても桜とか餅くらいでしたが──について話すようになって、ますます興味を持つようになりました。私たちはとても仲が良いので、一緒に計画することでさらに気持ちが高まりました。それで、自分もその気になったんです」
留学の一番の魅力は、異国で生活し新しい文化を体験することかもしれないが、2人はTCMで受けた教育からもたくさんの学びがあったと感じている。コンチェスさんはビオラの大野かおる講師を、マルティネスさんはギターの江間常夫講師をそれぞれ絶賛している。
「ここでの教え方は、私たちが慣れているものとはかなり違います」とマルティネスさんは説明する。「規律と集中力について多くを学びました。音楽家は、できるだけ多くの異なる視点を経験することが大切だと思います」
2人は、日本の伝統楽器を学ぶ機会も活用している。マルティネスさんはギターに近い楽器として三味線を選択。コンチェスさんは、琴を学び始めた。
音楽家の耳に聞こえる東京の音
人は今まで訪れたことのない場所を旅行するとき、まずは視覚を重視し、美しい景色を目にできるところを訪れるものだ。一方で、新しい街の「音」に耳を傾けることはあまりないかもしれない。音大生である2人は、東京の街を歩き回るとき、その鋭い耳で何を聞くのだろう?
「初めてドン・キホーテに行った後、『ドンドンドン、ドンキ~』のテーマ曲が何週間も頭から離れませんでした」とコンチェスさん。「それに、コンビニにはそれぞれ異なるメロディーがある。また、東京の騒がしい通りを歩いていても、角を曲がると静寂につつまれたお寺や神社があるのも、素晴らしいです」
「私は電車のアナウンスが好きです」とマルティネスさん。「それから、横断歩道で流れる鳥の鳴き声も。最初はどこから聞こえてくるのか、何のためなのかわからなかった。視覚障害者に安全に道路を横断できることを知らせるためだと聞いて、ようやく理解できました」
ささいながらも驚くべきこうした音の変化は、東京が持つ深い魅力を物語っている。この街では、活気と静けさ、機能性と創造性が、わずか数歩の間隔で共存・調和しているのだ。2人が語ったのはあくまで耳からの印象だが、それでも芸術、デザイン、配慮が日常に溶け込む街という、より広い意味での東京の魅力を知るヒントとなる。
2人は、東京とその周辺の音楽シーンについても、多様性、クオリティ、アクセスの良さという点で感心したという。「ここの人々は、本当にいろいろな種類の音楽を聴いています」とマルティネスさんは語る。「私たちはこれまで、千葉のメタルフェスや東京のロックコンサートに行きました。それにジャズ、クラシック、ラテン音楽も」
コンチェスさんも「東京では、音楽や芸術全般が、より身近に感じられます」と語る。「エリート主義的な印象を持たれていないと同時に、日本では音楽家やアーティストであることが評価されているように感じます。自分は音楽を勉強していると言っても、変に思われたりはしません」
コンチェスさんとマルティネスさんは、2024年11月に開催された第60回東京音楽大学芸術祭でスペインの作品を共演した Photo: courtesy of 東京音楽大学
2人はすでに、自ら東京の音楽シーンに参加している。2024年11月の第60回東京音楽大学芸術祭では共に演奏を披露し、スペイン文化や日本での経験について語った。最近では「デュオBB」というユニット名で、地元のバーでライブも行った。
交換留学は2025年8月に終わる予定だが、コンチェスさんとマルティネスさんはすでに東京にとどまる道を模索している。
「この街では、絶対に退屈することがありません」とマルティネスさんは語る。「東京はとても広く、することがたくさんあって、終わりがないのです」
取材・文/トレバー・キュー
写真/穐吉洋子
翻訳/遠藤宗生
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