「恋愛」と「気候変動」と聞くと、2つのかけ離れた話だと感じるだろうか。
その2つをテーマにした、ユニークな映画がつくられた。
『温帯の君へ』は、大学生カップルの翠と大樹を中心に、気候変動に対する人々の向き合い方や、意見が異なる相手との「対話の形」について描いたフィクション映画だ。
テアトル新宿(東京)での5月31日からの上映開始を前に、監督・脚本・編集を務めた宮坂一輝さんに話を聞いた。

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production
<あらすじ>
大樹と翠は同じ大学に通う恋人同士。ある夏の日、2人は気候変動をテーマにした現代アート展を訪れるが、感じ方はまるで正反対。倦怠期に差し掛かっていた2人の関係は、この日を境に思わぬ方向へと転がり始めるーー。
──なぜ「恋愛×気候変動」というテーマで映画を撮られたのでしょうか。
恋愛映画は人間の綺麗なところや醜いところをストレートに表します。気候変動をそのまま描くというよりは、人間ドラマに落とし込んで、多くの人が共感できる映画にしたいなと思いました。
気候変動がテーマの一つになったきっかけは、気候変動の影響を肌で感じたある出来事でした。
私自身、この映画が2本目の長編映画となるのですが、3年前に1本目の映画の上映をした初日、例年ならまだ梅雨の涼しさも残る6月なのに、急に気温があがり、猛暑日のような気温でした。
ミニシアターの冷房がオーバーヒートしてしまって故障し、サウナ状態で上映したという事件がありました。まだ6月なのに、冷房なしでは乗り切れないくらいの暑さだったんです。気づくのが遅すぎたのですが、その日、初めて気温上昇を肌で感じました。
気候変動に対して何か自分にできることをしたいし、映画をつくっている身としては、映画で行動したいと思ったんです。

Sumireko Tomita / HuffPost Japan
“分断”される社会。「分かり合えない」もどかしさを恋愛関係で描いた背景
──作中では、恋愛関係にある2人が環境問題に対して価値観の違いがあり、「分かり合えない」様子が描写されています。考え方が対照的な2人を描いた理由は。
脚本を書いていた当時、海外の美術館などで環境保護団体による、著名な絵画へのペンキ投げつけ事件などが話題になっていました。
環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんとトランプ大統領が非難し合う構図などもニュースで取り上げられていて、気候変動を筆頭に、社会問題に対し異なる意見の人たちの「分断」が社会の中で浮き彫りになっていた時期でした。価値観のずれが、大きな溝に繋がってしまっている状況です。
日本では、気候変動は多くの人が「解決した方がいい」とは頭の中ではわかっていて、行動に移すことにどれくらい力を入れるか入れないかの差だと思います。考え方の違いで対立して疲弊するのはすごく勿体無い一方で、とても人間的でもあると感じました。
おそらく気候変動に限らず、様々な社会問題に通じることですし、そこを人間ドラマにできたらと思いました。
──相対する考え方の2人を恋愛関係に落とし込むのは複雑でしたか。
そうですね。でも逆に恋愛関係だからこそ描きやすかったかなと思います。
例えば、社会問題などに対する考え方が全く相入れない人がいたとして、深い関係でなければ離れるという選択肢があります。でも、一緒にいたいという恋愛感情があった場合、考え方が違ったまま前に進むということはできるのかというのは、気候変動に限らず常にある疑問だと思います。
そこをきちんと描きたかった。逆に言うと、歩み寄る努力を怠ったら、おそらく関係を前に進めることはできないので、そのジレンマの中でどうすればいいのか、という点に焦点を当てました。

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production
社会問題をめぐり「考え方が違う人たち」と、どうコミュニケーションを取るか
──大樹は気候変動などの社会問題に対し「自分が行動しても何も変わらない」という考えを持っていました。そう考える人も少なくないかもしれません。
「自分が行動してもどうにもならない」と思わざるを得ない理由はたくさんあると思います。日本社会全体に停滞感や閉塞感があるとも感じています。
私自身も、気候変動に関心を持つきっかけとなった映画上映の一件があるまでは、どちらかというと「結局変わらない」と思ってしまう側でした。きっと自分の中に、どちらの側面もあるのだと思います。
でもおそらく、誰しもがその二面性を抱えているのではないでしょうか。それが自分の中で対立するという現象も表現したいと考えていました。
選挙にしても「自分が行ったところで何か変わるんだろうか」と感じる人も多いのだと思います。
でも、近くに「自分にも何かできる」と信じて行動している人がいたとして、その人のことを否定する必要はないと思うんです。完全にはその人の考え方を理解できなくても、その人に寄り添って、分かろうとしてあげることはできる。お互いの歩み寄りが大切なのではないかと思います。

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production
「次の世代にどんな社会を残すか」という発想
──日本でも気候変動への関心が高まっているとはいえ、まだまだ行動に移せていない人も少なくないです。その点に関してはどのように考えられますか。
映画をつくるにあたってのリサーチでは、人々の気候変動への関心についても調べました。アメリカでは民主党と共和党とで気候変動に対する意見も分かれており、分断が生まれている状態だと思いますが、日本での特徴は、気候変動が起きていないと主張する人はあまりおらず、起きていることは理解している人が大半です。
一方で、気候変動を解決するには、自分たちの生活の質を下げて、我慢をしなければならないと考える人が多いのではないでしょうか。
今、必要とされているのはシステムチェンジで、自分たちの生活を少し変えるだけでは問題は解決しない状況になってきています。
社会を作り直すという発想にしていかなければいけない。この映画にも出てくるような「自分たちの次の世代にどんな社会を残すか」という発想に切り替えていった方がいいし、生産的だと思います。
節電や節水なども大事なのですが、それ以上に、この問題をどう人と共有するか、実際にアクションを取っている人をどう応援するかという点においては、コミュニケーションが大事になってくると思います。コミュニケーションを活発化させていくことが社会を動かすスタートラインになると思います。
この映画は、「社会問題に対して、考え方が違う人たちとどうコミュニケーションを取るか」ということをテーマにした映画でもあるので、映画が議論の起点になればいいなとも思います。
環境団体での活動の葛藤やリアルな声も描写

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production
──映画の中で、環境団体で活動をする主人公やその仲間など、登場人物がリアルでした。実際に取材などをされたのでしょうか。
Fridays For Future(FFF)東京でデモなどの活動をする学生の方たちに会い、話を聞きました。
世界的なFFFの運動が始まるきっかけをつくった、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんを追った『グレタ ひとりぼっちの挑戦』というドキュメンタリー映画も参考にしました。
一番大事だと思ったのは、活動している人たちの「人間味」が見えること。傍からみると、彼らは「自分たちにとって耳の痛いことを叫んでいる若者たち」や「気候変動をどうにかしろ、と叫ぶだけの集まり」の様に見えることもあるのかもしれません。
でも彼らも一人ひとり違う考えを持っていて、少しずつ違う目的や温度感を持って活動に参加しています。その温度感の違いや、周りからの見え方もきちんと描きたいと思いました。
「自分たちと“違う”人たちが何か活動をやっている」ではなくて、「自分たちと地続きの人たちが何かのっぴきならない思いを抱えて活動している」ということが伝わればと思いました。
──「短期間の活動では現状が変わらない」など地道な活動の中での葛藤や苦しみなどもリアルに描かれていました。取材した方たちの声を反映したものだったのでしょうか
そうですね。一番印象的だったのは、「怒りは続かない」という言葉でした。最初は「怒り」という感情で活動を始めても、その感情には持続性がないという声も聞きました。
さらに、例えば環境問題に関わっているからビーガンのものしか食べないという訳でもなく、そこにはグラデーションがあってもいいよねと私も思っています。
外野の人たちは社会問題に関わり活動する人たちに対して「完璧さ」を求めますが、全然そんなことはなく、その必要もないと考えています。人によって、考え方や立場も違いますし、できること、やりたいことも違っていいと思います。
撮影で出たCO2、カーボンクレジットでオフセット

映画『温帯の君へ』制作チーム / TBX Production
──映画クレジットの最後に「撮影を通じて排出された二酸化炭素(約2トン)はカーボンクレジットを用いてオフセットされています」とありました。詳しく教えてください。
温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する制度「Jークレジット」のサイトでは、カーボンクレジットを発行している自治体などの一覧が見れ、1トン単位で購入することができます。
オフセットの仕方によって値段が違い、オフセットの方法も様々です。今回は、高知県の森林クレジットのプロジェクトから買いました。
Jクレジットのサイトには計算方法が記載されているので、それに従って計算しました。
撮影期間中、撮影に携わるメンバーが普通の生活を送っていたと仮定して、排出している二酸化炭素を全てオフセットするという方法を取りました。
気候変動の被害を最も受け、向き合わざるを得ないのは「若い世代」
──恋愛映画に落とし込むことで、観客層は広がったのではないでしょうか。どんな人たちにこの作品を見てほしいですか
やはり若い人たちに見てほしいという思いはあります。当然のことですが、気候変動の問題で最も被害を受け、向き合わざるを得ないのは若い世代だと思います。
だからこそ、ちゃんとエンタメにしたかったですし、恋愛映画という多くの人が共感しやすいものにしたかったという思いがあります。
気候変動への関心があるかないかは関係なく、楽しめる映画になっていると思いますので、気軽に見にきてほしいです。
・テアトル新宿(東京)5月31日〜6月5日
・テアトル梅田(大阪)6月20日
(取材・文=冨田すみれ子)
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