アコースティックとロック、ダンスミュージックを行き来する演奏が織りなす心地よいサウンドと空間を包み込むようなボーカル──台湾拠点のインディポップバンド、緩緩 Huan Huan(読み:ホァン・ホァン)がこの度『SYNCHRONICITY’25 – 20th Anniversary!!』への出演を契機に、初の東京ライブを行った。

これは渋谷を中心に展開する都市型ミュージック&カルチャーフェスティバル『SYNCHRONICITY FESTIVAL』と台湾で3本の指に入る規模の野外フェス『浪人祭 Vagabond Festival』のパートナーシップによるもの。「『浪人祭 Vagabond Festival』のブッキングチームが台湾の良質なアーティストをキュレーションし、日本に送り出す」という座組により実現した。平たく言うと、緩緩 Huan Huanは、台湾のシーンに認められしバンドというわけである。

緩緩 Huan Huanは2017年に作詞・作曲を手がけるCoco Hsiao(蕭戎雯)を中心に結成。シューゲイズ、ポストロックに影響を受け制作した1st EP『緩緩』のリリース後は、音楽性がフォーク、インディポップへと変化し、これまで2作のフルアルバムをリリースしている。2024年4月にリリースされた最新シングル“心內話講袂出喙(Words Unsaid)”ではダンスミュージックの要素も取り入れ、リスナーにサプライズを与えている。

着実にリスナー・関係者からの支持を得続ける緩緩の音楽性を紐解くため、今回の来日を機にインタビューを敢行。彼らのサウンドを体現するように、丁寧に答えてくれた。

Interview & Text by Megumi Nakamura
Interpreted by Hana Wang
Photo by 子皿商號 In Utero

集まる個性、にじむ優しさ── 緩緩の音楽に宿るもの

――Spincoasterに初登場ということで、自己紹介代わりにみなさんが影響を受けてきた音楽や、最近聴いている音楽について教えてください。

Coco Hsiao(蕭戎雯/以下、Coco):ボーカル & ギターのCocoです。緩緩の作詞・作曲は基本的に私が担当しています。以前はドリームポップやロックに影響を受けていて、Beach Houseをよく聴いていました。最近はアコースティックとロックが融合した音楽が好きで、Kings of Convenience、Wilcoをよく聴きます。

Myles Chang(張天偉/以下、Myles):ギターのMylesです。色々なジャンルの音楽を聴きますが、特にロック、ポストロックが好きで、日本のバンドだと9mm parabellum bulletやté。それからFoo FightersやAlter Bridgeが好きですね。

Stone Shih(石哲安/以下、Stone):ベースのStoneです。モータウンのリズムとメロディが自分の性格に合っていると思っていて、Jackson 5をよく聴きます。日本のバンドならWONKがお気に入りです。

Yi Jen Peng(彭一珍/以下、Yi Jen):ドラムのYi Jenです。世界各地のグルーヴィーな音楽が好きでDaft Punkが好きです。あとはStoneと一緒でモータウン、Stevie Wonderなど幅広く聴きます。

L→R:Yi Jen (Dr.), Myles(Gt.), Coco(Vo., Gt.), Stone(Ba.)

――緩緩 Huan Huanの音楽はひとつの楽曲からいろんなジャンルが聴こえてくるなと感じていたのですが、そもそもみなさんのルーツが幅広いんですね。1st EP『緩緩』ではシューゲイズ/ドリームポップ、その後はアコースティックサウンドを主としたサウンドに舵を切ったのが新鮮でした。その変遷に至る、バンドの歩みを教えてもらえますか?

Coco:最初、私はポストロックがやりたくて、ひとりでこのバンドを始めたんですね。台湾の大型掲示板「PTT」*にバンドメンバーを募集する掲示板があり、ギターとボーカルのデモを載せて、「誰かバンドを組みませんか?」って。

*PTT:台湾の大型掲示板。小さな掲示板が集合する構造がしばしば日本の「2ちゃんねる」に例えられる。メン募の掲示板名は「Band_Player」。PTTは基本的に実名登録制であるため、2ちゃんねると比べて治安がいいと言われていた。なお、現在メン募投稿が活発なのはPTTではなくDCardという若い世代のユーザーが集まる新しい掲示板とのこと。

――日本で言う「メン募サイト」ですね!

Coco:その投稿を見て集まってくれた ──今は卒業してしまったんだけど── ギターとドラムと一緒に1st EP『緩緩』を制作しました。当時はMy Bloody Valentineとか、台湾で言うと甜梅號(Sugar Plum Ferry)が好きだったので、その影響が出ているのかもしれません。

――2017年頃、台湾ではポストロックが流行っていたと聞いたことがあります。今、最前線で活躍しているバンドでもポストロックに影響を受けたバンドも多いですよね。

Myles:そうですね、日本のポストロックはたくさん聴いてました。téやmouse on the keys……

Yi Jen:僕はMONOを聴いてました。

――ポストロック強い! そして、2019年の2nd EP『Charlie』を聴いて「あれ、もしかしてポップに寄ってきた……?」って。

Coco:1st EP『緩緩』を制作した後、次の作品の制作を始めるときに、「実は重い曲を書きたいというわけではないな」と気づいたんです。そもそもアコギしか弾けないし、アコースティックスタイルの方が自分の書きたい曲の質感に近いなって。

――Cocoさんがアイデンティティに気づいたタイミングだったんですね。

Coco:同時期にアメリカ留学に行って、色んな音楽を吸収したことも大きいかもしれません。たとえばKings of Convenienceのフィンガースタイルも好きだし、Wilcoのアコギ + オルタナスタイルも好き。台湾で1980年代に活躍した歌手、齊豫(CHYI YU/チーユ)とかも好きで。私は本質的に、歌っている人の声の質感が美しくて、そこに最低限の音を乗せていく、いわば「ミニマリストの美学を感じる音楽」が好きなんだと気づいたのがここ5年くらいです。

『SYNCHRONICITY’25 – 20th Anniversary!!』出演時の様子

――2020年にリリースした1stアルバム『Water Can Go Anywhere(水可以去任何地方)』では方向性が定まった感というか、アコースティックがロックが融合する、今の音楽性の基盤になっていますよね。

Yi Jen:当時の正式メンバーはCocoと僕。Mylesはサポートメンバーとして数曲のレコーディングに参加してもらいました。フルアルバムを作るのは初めて、ということもあって右も左もわからない状態で始まって、制作のプロに色々聞いたりお願いしたりして、なんとか完成したよね。

――でも、このアルバムで日本のレーベル〈Lirico〉の大崎さんに発見されて、日本デビューも果たしたし、大躍進ですよね。

Yi Jen:まさに「白紙から自分の人生を記録した」感じです。

インタビュー中にYi Jenが手書きでまとめてくれた、バンドの歩み

――ところで、Mylesさんは2nd EP『Blue Room Orange Man』(2022年)から正式メンバーとして加入されましたよね。ポストロックバンド、Major in body bearでの活動とか、テクニカルで推進力があるロックの人、っていうイメージだったんです。緩緩 Huan Huanに加入したきっかけを教えていただけますか?

Myles:当時は、Major in Body Bearや他のサポートの仕事でも割と情熱的な表現をするバンドが多かったんです。でも「熱さ」だけが本当に自分の表現なのか? と疑問に思ったり、ワークライフバランスが取れてないな……みたいな居心地の悪さを感じることもあって。

……音楽って生活の表れでもあるじゃないですか。Cocoが書く曲って、音楽性の変遷はあるけれど、その核にある「すごく柔らかく優しい雰囲気」は変わらない。その柔らかさや、優しい一面も生活にあってほしいなと思ったんです。緩緩 Huan Huanの音楽は癒しですね。

『SYNCHRONICITY’25 – 20th Anniversary!!』演奏終了後
お客さんと一緒に写真を撮るのは、台湾の定番スタイル

――ありがとうございます。余談ですけど、Mylesさんは、Stoneさんと一緒に、台湾のインディシーンを代表する女性シンガー、陳惠婷(the Huiting/チェン・フイティン)のライブにサポートに入るなど、サポートの仕事も頑張っているイメージがあったんですよね。

Myles:そうですね、元々は陳惠婷さんのバンド・Tizzy Bacのギターのローディーから始めて、昨年の彼女のワンマンライブでは、サポートメンバーとして演奏しました。

――たたき上げている……。

Myles:(日本語で)嬉しいです!

Yi Jen:(日本語で)すごいです!

一同:(拍手)

――そんな変化も経て、2ndアルバム『When The Wind Came Across(瀏海被風吹得整個飛起來)』(2023年)からはStoneさんがメンバーとなり、今のメンバーが全員揃ったんですよね。

Stone:自分は加入前から緩緩 Huan Huanの曲を聴いていました。当時からCocoが書く曲って、固定の「方程式」みたいなものがなくて、一つひとつが特別なんです。自分はジャズプレイヤーの練習をしていた時期もあるんですけど、ジャズと一緒で、音楽のために演奏技術はあるけれど、一番大事なのは「楽曲の世界観を表現すること」ですよね。緩緩 Huan Huanでの活動は常に新鮮ですし、新しいことに挑戦しているなって思います。

――そのチャレンジの象徴というか、最新作“心內話講袂出喙(Words Unsaid)”はダンスソングに仕上がっていますよね。これはどんなきっかけで制作されたんですか?

Stone:実は、『朝霧JAM ’23』で演奏された、CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUINの“ワタツミ”のライブ映像をYouTubeで観たことがきっかけなんです。民謡の曲をダンス曲のように表現していて。お客さんがすごく楽しんでいるのを見て、こういうのやってみたい!と思って。

英語、中国語、台湾語── 歌う言語と生活との距離感

――Cocoさんにお聞きしたいのですが、緩緩 Huan Huanの歌詞は以前は英語詞が多かったと思いますが、最近では中国語や台湾語の割合が増えましたよね。この変化にはどのような背景があるのでしょうか。

Coco:最初に英語メインで作詞していたのは、当時聴いていた英語詞の音楽の影響を受けていたからなんです。単純に憧れで模倣していたんですね。ただ、英語は自分の母国語ではないからこそ、制作の過程がパズル感覚になっていたとも言えます。

――なるほど、ピースを埋めていく感覚っていうか。

Coco:あるとき、「母国語でも作詞できないかな?」と中国語で作詞を始めたんですけど、プロセスとしては英語の方が簡単で、母国語で作詞することのほうが逆に難しいじゃんって気づいたんです。

――どのような難しさがありますか?

Coco:中国語って毎日喋っている言葉だし、私たちにとって生活の一部ですよね。だからこそ、歌詞で表現するときに、聴き手を説得できるかどうかはわからない。母国語ではより聴き手のことを考えながら歌詞を書くので、本当にこの詞で伝わるだろうか……と最初は苦戦しました。

――逆に台湾語は、Cocoさんの作詞活動にとってどんな存在ですか?

Coco:私にとって台湾語は普段から使っている言語ではないんですね。両親やおじいちゃん・おばあちゃんの代で使っていて、日常使いしている人たちもいる。私の感覚としては第一言語ではないから英語での作詞に近くて、パズルを埋めていく感覚なんだけど、聴く人には理解している人もいるわけで。これはこれでチャレンジでした。

――日本にはない感覚かも。

Coco:台湾語で作詞することで、自分の生活に大きな変化があったんです。台湾語って中国語と語意が必ずしもイコールではないので、ちゃんと向き合おうと思ったら知ってる人に聞くしかない。なので、両親に「こう表現したいときはどういう言葉を使ったらいいいかな?」「この台湾語ってどういうニュアンスなの?」って質問したり、両親と交流する機会も増えました。

――いい話ですね。

台湾のバンド仲間と切磋琢磨

――今回、『SYNCHRONICITY』への出演をサポートしている台湾の『浪人祭Vagabond Festival』の運営サイドには、「日本の皆さんに、台湾のいい音楽を知ってほしい」という想いがあると聞いています。みなさんの目線で、ある意味ライバルというか、いい音楽やってるなあ、と思う台湾アーティストを教えてください。

Coco:Shallow Levee(淺堤)ですね! メンバーと全員知り合いで、ドラムのSamとは昔一緒にバンドを組んでいたんです。今でもお互いの作品に注目しているし、ライバル心もあります!(笑)

Stone:そういう意味なら、僕はDSPSかな。ギターのTeruは友人で、別でバンドも組んでいるので、友だちでもありライバルです。

Myles:昆蟲白 Insecteensを紹介します。ポストロックバンドの始祖・甜梅號(Sugar Plum Ferry)のギタリスト・黃建勳(Huang Jiang-shiun/ホァン・ジェンシュン)によるプロジェクトで、僕もギターで参加していて、一緒に甜梅號(Sugar Plum Ferry)時代の曲を演奏することもあります。一緒に進歩する仲間です!

Yi Jen:I Mean Usですね。昔はちょっと曲風が近いのと、どちらも女性ボーカルで比較されることが多かったです。今は曲風が変わって比較されることが少なくなったけど、バンドメンバーも友だちで、一緒にマレーシアやシンガポールなどに行ったこともありますし、お互い刺激し合って成長している仲間かなと思います。

――ありがとうございました。台湾のシーンはもちろん、これからも進化していく皆さんの音楽を楽しみにしています!

緩緩 Huan Huan
Coco Hsiao(蕭戎雯):Vocals, Guitar
Myles Chang(張天偉):Guitar
Stone Shih(石哲安):Bass
Yi Jen Peng(彭一珍):Drums

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