2025年、中国の新年に当たる春節に上映された『ナタ:魔童の大暴れ』(以下、『ナタ2』)は、いわゆる「お正月映画」だが、中国国内で興行収入150億元(3000億円)を記録し、2位と100億元近い差をつけて歴代興行記録を塗り替えた。『封神演義』に登場する中国アニメに欠かせないキャラクター・ナタを主人公に、観る者を圧倒する大スケールの3DCG映像で描かれる大作である。
筆者は過去にウェブマガジン「PLANETS」にて「中国オタク文化史研究」と題し、中国における日本コンテンツの受容の歴史について連載をしてきた。今回は中国の劇場版アニメについて、この作品が誕生するまでの流れを振り返り、なぜ『ナタ2』が中国で社会現象と言えるほどの人気を博したのか考えてみたい。
『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』と中国劇場版アニメの勃興

『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』©︎2015 October Animation Studio,HG Entertainment
近年の中国劇場版アニメを語る上で最も重要な作品として、まずは2015年7月に公開された3Dアニメ『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』(原題:『西遊記之大聖帰来』)をあげるべきだろう。本作の指揮を執った田曉鵬監督は大学卒業後、深圳にあるアニメの下請け会社に就職し、1997年に“中国のNHK”中央電視台(CCTV)制作のテレビアニメ『西遊記』等で子ども向けアニメの経験を積んで独立。上海万博の科学館で使用された3Dアニメの監督をするなど、中国でも著名な3Dアニメクリエイターだ。そんな田監督が8年掛けて制作した『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』は、中国アニメとしては異例の15億元という興行収入を叩き出した。映画を応援するファンがあまりに多いので、そのファンを称して「自来水」(水道水、勝手に出てくる水の意)という言葉が生まれたほど、それまでの劇場版アニメとは一線を画す大きなムーブメントを生み出した。
世界的に有名な伝奇小説『西遊記』を基にした中国のアニメーション映画『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』。経済成長著しい中国国内で、…
田監督の歩みは中国アニメの発展と重なっている。1975年生まれ、テレビで日本やアメリカのアニメを観ることができた1980年代から1990年代に多感な時代を過ごし、北京工業大学のソフトウェア専攻で偶然触れた3Dの映像制作にのめり込んだ。
中国では2000年代から少しずつ、海外アニメのテレビ放送を制限し、国産アニメを振興させるための政策を打ち出してきた。そして2006年、アニメはゲームと共にデジタルコンテンツ産業と位置付けられ、2011年、「“十二五”国家戦略性新興産業発展規則」において、デジタルコンテンツ産業は後にデジタルクリエイティブ産業(数字創意産業)と呼ばれる、イノベーション駆動型の産業であると正式に位置付けられた。大学で映画やアニメーション制作ではなく、コンピューターやプログラミングを学んでからアニメ制作会社に就職、メディアの大本営である中央電視台とも距離の近かった田監督が、社会現象ともなった大作を生み出したのは、自然な流れであった。
本作は孫悟空が、和尚になるため修行中の江流児、猪八戒と共に妖怪に攫われた子供たちを助けるために、黒幕である妖怪を探すロードムービーだ。中国では当時、実写映画の興行収入は7億元あれば成功だと言われ、劇場版アニメはよくて3億元程度しか稼ぐことができなかったのだが、この作品が15億元という歴史に残る数字を叩き出し、中国の劇場版アニメは初めて実写映画と肩を並べることとなった。
そして2019年、『ナタ2』の前章となる『ナタ~魔童降臨~』(原題:『哪吒之魔童降世』)と、日本で異例のロングランヒットとなった『羅小黒戦記』の2本が公開された。
ナタの躍進と羅小黒
『哪吒之魔童降世』(以下、『魔童降世』)の監督・餃子もアニメーション制作を独学した作家だ。もともと絵を描くのが好きだったものの正式に学んだことはなく、四川大学華西薬学院在学中に3D制作ソフトウェアに触れて独学でアニメーション制作を始め、短編がコンクールで受賞するようになると新卒で就職した広告会社を辞職して独立した。
『魔童降世』は英雄として生まれるはずだったナタが誤って魔王になる運命を持って生まれてしまい、それでも運命に抗って自分の人生を生きようとするストーリーだ。『ナタ2』と同様、最新の3DCGが惜しみなく使用されている。中国アニメには欠かせない『封神演義』のナタという伝統的なキャラクターを主人公に、少年が傷つきながら成長していく日本の少年漫画のようなストーリー、アメリカのアニメを彷彿とさせる3DCGの作画が混ざりあい、興行収入は最終的に50億元を超え中国アニメ最大のヒット作となった。

『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』©︎Beijing HMCH Anime Co.,Ltd
対して『羅小黒戦記』の監督・MTJJは大学でアートやデザインを学んでアニメ制作会社に就職し、ある程度経験を積んでから独立している。『羅小黒戦記』は人間の森林破壊によって棲み家を奪われた子猫の妖精・小黒が、再び安心して暮らせる場所を探して旅をするストーリー。アニメがテクノロジー重視のデジタルコンテンツと位置付けられている中国ではめずらしく、手描きの2Dに拘った作風で若い女性を中心に根強いファンがつき、興行収入は3億元と、大ヒットとは言えないものの、コミカライズもされ、続編の制作も決まっている。また日本でも口コミで評判が広がり、公開から86日で興行収入5億円を超え、中国の2Dアニメとしては異例のヒットとなった。
WACOCA: People, Life, Style.