アクア・アルタ書店は、イタリアのベネチア中心部のサンマルコ広場から北に1.5キロほどの場所にある。観光客は広場からカステッロ地区のカッレ・ルンガ・サンタ・マリア・フォルモーザという狭い通りを抜けてやってくる。通りには、アクア・アルタの「世界で最も美しい書店」という看板が掲げられている。
店主のルイジ・フリッツォ氏は、ベネチアで書店をオープンするために物件の賃貸契約を結ぼうとしていたとき、その場所は低くて水辺に近く、洪水想定地域に入るかもしれないと忠告された。そこでフリッツォ氏は、書店名を「アクア・アルタ」(ベネチアの街を浸水させる季節的な高潮)にしようと思いついた。(参考記事:「動き出したベネチアの巨大水門、浸水を防ぐ一方で膨らむ不安 写真17点」)
書店名を思いついただけではない。100年以上前の初版本を含む40万冊以上の書籍を守るため、店の浸水対策にも積極的に取り組み、大量の書籍をバスタブやゴンドラの中に陳列した。ゴンドラは、11世紀以来、ベネチアの狭い運河を渡る交通手段として利用されてきた細長い手漕ぎボートだ。
書店を訪れる人は、2019年の洪水後に施されたさまざまな工夫も直接目にすることができる。2019年の洪水はベネチア史上、最悪の洪水の1つで、水位が通常より1.8メートル以上も上がった。
現在、書店内のゴンドラやバスタブは大型の木製テーブルの上に設置され、水位上昇の脅威から貴重な書籍を守っている。もともと浸水対策だったゴンドラは、SNSによって数百万人の目にとまり、アクア・アルタはおそらく世界で最も有名な書店のひとつになった。なかでも本を積み上げて作られた階段は、ベネチアでも有数の撮影スポットだ。
「あの階段は百科事典の置き場所として作ったものです。百科事典を中庭に移動させて、そのうちに階段状にし始めたんです。実用的な理由でやったささいなことが、こんなに大きな反響を呼ぶとは思いもしませんでした」とフリッツォ氏は説明する。氏はイタリア北部ベネト州の小さな町トリッシノ出身で、現在82歳だ。
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