▌「おさんぽ神保町」とは
 

 

私たち「おさんぽ神保町」は、2006年3月に創刊した東京神田神保町のタウン情報に特化したフリーペーパー編集部です。

サブタイトルに「神保町応援雑誌」と冠し、本の街・神田神保町を応援すべく有志で発足しました。

近隣の企業にお勤めの方、大学に所属する方や、お住まいの方など沢山の方にボランティア活動として支援いただき、

「神保町ファンによる神保町ファンのための情報誌」として年2回計8万部、通算150万部以上を発行してきました。

 

巻末の詳細な地図は、編集部員が実際に歩いてリサーチしたもので、半年に一度更新しています。

書店に行く時、ランチを楽しむ時、様々なシーンで近隣の多くのみなさまに活用いただいています。

 

神保町おさんぽマップ

※神保町おさんぽマップ

 

 

▌プロジェクトの目的
 

 

▼創刊20周年の節目に、合本を発刊したい

 

今年の秋に発行予定の40号をもって「おさんぽ神保町」は創刊から20年を迎えます。
ひとえに地域のみなさまのお力添え、そして読者のみなさまのご愛読のおかげです。

心より感謝しています。
私たちはこの節目に、ひとつチャレンジを考えました。
「この冊子20年分を全て収録した“合本”を自費出版し、街の記録を残したい」というものです。

2020年頃からでしょうか、神保町を形作ってきた明治・大正・昭和から続く文化や建物などの変化を目にするようになりました。
街の風景が大きく変わっていくことにさみしさを感じながらもなにもできない焦燥感。

 

我々にせめてできるのは、街の記録を残すことではないか___ 

そう思った時に、今この時に残しておきたいと考えるようになりました。

 

それと同時に、続く文化はいつもその時代に合わせて進化を遂げていくものとも思います。

コロナ禍以降の神保町は、昭和レトロ人気も手伝って若い人が多く訪れるようになりました。

シェア型書店など、これまでとは違う形態の書店も増えてきています。

建物やスタイルが変わっても、この街に集う人たちの「好きなことを追求する気持ち」があれば、これからも神保町は文化の街として進化していく。この街にはその力があると信じています。

 

2026年には待望の三省堂書店神保町本店もリニューアルオープンを控え、新顔のミニシアターも開業準備中です。

私たちおさんぽ神保町も、これから先を前を向いて歩いていくために、新たなチャレンジをしようと思い立ちました。

 

方式は“All-or-Nothing”とし、目標金額を達成しなかったら本プロジェクトは実施できません。

 

「20年の集大成を読みたい」と思ってくださる方、「おさんぽ神保町を支援しよう」と思ってくださる方、どうぞお力を貸してください。
2025年の秋には、みなさまにお届けしたいと思っています。

 

 

▌プロジェクトの内容

※書影はイメージです。実際の制作物と装丁が異なる可能性がございます。

フリーペーパー「おさんぽ神保町」20年分を全て収録した“合本”の発行
● 20年間に掲載された全店舗情報を「索引」からさかのぼれます
● 2006-2025年までの神保町「その年なにがあったのか」がわかる!編集長による書き下ろしコラムを収録

A5変型 900 頁以上(予定)/限定1000部(予定)/価格:未定
販売先:書店、神保町周辺のお店、おさんぽ神保町特設サイト、神保町ブックフェスティバルなど地域イベントにて販売予定500

※特設サイトは順次公開いたします

※イベント時は特別価格での販売を予定しています

※全て当時の原稿をそのまま掲載し、街の記録として一冊の本にします

 誌面にもその旨を一言お断り入れた上で編集します

 

 

▌プロジェクトの展望・ビジョン

本プロジェクトが成功し、「合本」が発行できた暁には、

支援いただいたみなさまに「神保町ファンクラブ」のご案内を考えています。

神保町好きにきっとご満足いただける企画盛りだくさんで企画中です。

この街に関わりながら、一緒に神保町を盛り上げましょう!

 

 

▌創刊20周年のお祝いメッセージ

※メッセージをいただいた順番に更新しています

  

株式会社三省堂書店

代表取締役社長 亀井崇雄さん

おさんぽ神保町、創刊20周年おめでとうございます。

「神保町の地域限定誌を作りたい。」という想いから活動を起こされたのが2005年の春とのこと。

それから20年間、編集長の石川恵子さんを中心に、神保町を愛する多くの方々のご尽力によって年2回のペースが途絶えることなく町の姿を克明に伝えてきました。

 

記念すべき第1号が創刊された年、2006年は私が三省堂書店に入社し、神保町が職場になった年でもあります。それ以来、私も神保町に関わる一員として本誌と共に街の変遷を見てきたので、不思議な御縁を感じております。

20年という時間の長さは人々のライフスタイルを大きく変え、神保町の景色もそれに合わせて変わってゆきました。しかし、長く同じ街で仕事をしていると街の変化に鈍感になってしまうのか、変化にあまり気を取られずに日々を過ごしてしまいがちです。古い文献を読んでそれまでの変化の大きさに驚かされることがよくあります。

2006年5月の第1号を読ませていただきました。そこには弊社の「自遊時間」のお店が紹介されていました。そのお店は2008年に閉店し、その跡地は銀行の立派なビルが建っています。地図には懐かしいお店の名前がちらほら…、20年前と街の景色は大きく変わったと痛感します。そして、弊社の神保町本店も建替え中で今はその地図の場所にはありません。

 

この度、創刊20周年の記念の年に「20年分を全て収録した“合本”を自費出版して、街の記録を残したい」というお話を伺いました。20年分の神保町の歴史が詰まったこの一冊は、長年神保町を愛してこられた方には楽しいタイムトラベルを提供してくれることでしょう。「とにかく神保町が好きだから」というボランティアの方々が20年間続けられてきたこの偉業に、是非お力をお貸しください。

 

本誌は今年の秋に記念すべき第40号が発刊され、一つの区切りとなります。そして次の幕開けの41号には弊社の新しい神田神保町本店のオープンの様子を取り上げていただくべく、建替え工事を進めております。先人たちの想いを受け継ぎ、これからも神保町は進化を続けてまいります。そんな街の様子を本誌はこれからも伝え続けてくれるでしょう。これからの新しい神保町を、おさんぽ神保町片手に楽しくおさんぽしてください!

  

書肆 高山本店 (千代田区商店街連合会会長、南神実業会会長)

高山肇さん

神保町に生まれ育った自分にとって、当たり前のようにこの街を誇りに思い、大勢の人たちに神保町を愛してもらいたいと思い続けています。そんな自分にとって「おさんぽ神保町」は、なくてはならない味方です。

この20年、おかげで神保町のファンが確実に増え続けています。古書店街も頑張って、より魅力ある神保町を目指していきます。  

創刊二十年を契機に、より愛される紙面づくりを、そしてこれからも神保町を応援してください。

 

  

 

さぼうる
伊藤雅史さん

 

 変わらないものも、変わってしまったものもあるけれど、20年も「おさんぽ神保町」みたいなフリーペーパーがある街は、きっと良い街だと思います。

 伊藤智恵さん

20周年おめでとうございます! 神保町のという街に育てていただき、個人的には17年。 合本でそれ以前のお話も知りたい!今は亡き、あの人やこの姿もあったらいいなぁ。

天麩羅はちまき(神田すずらん通り商店街理事長)
青木昌宏さん
 私は神保町で生を受け、神田保育園、錦華小学校、一橋中学校でお世話になりました。
子供のころから文化香る街で、映画館も「東洋キネマ」、「神田日活」、「岩波ホール」、「南明座」などたくさんあり、当時は良く祖母に連れて行ってもらいました。
神保町地区は第二次世界大戦で、空襲の被弾を逃れられた稀有な地域。そのため書店も飲食店も戦後いち早く営業を再開する事が出来ました。
手前味噌になりますが、当店にはこれまで江戸川乱歩先生、紀伊国屋書店創業者の田辺茂一先生をはじめとし、古今東西の押しも押されぬ文化人の方々が来店してくださいました。
ほかの書店や飲食店の経営者さんにお聞きすると、どの店も有名スポーツ選手、大女優、有名作家、政財界の重鎮の方々が沢山みえているそうです。記念写真やサイン色紙の10枚や20枚は持っていらっしゃいますが、店頭に飾ったりひけらかすような店は一軒もありません。
アカデミー賞を受賞した世界的に有名なハリウッド女優もお忍びで神保町古書街を探索したそうです。映画の撮影やイベント出席で忙しく、やや疲れた心を、神保町を散策してリフレッシュできたと、ご本人のSNSで嬉しそうに公表していたのを見かけました。
神保町は学生さんから大物俳優、著名人、政財界の方々が皆さん充電しに来るところだと思います。

レストラン共栄堂
宮川𣳾久さん、宮川悠太さん

この度は創刊20周年誠におめでとうございます。
いつもおさんぽ神保町様に背中を押していただいてる身としては、とても嬉しいです。

これからも、さらなるご繁昌とご発展をお祈りいたします。

脚本家
北阪昌人さん

『おさんぽ神保町』の20年をまとめた合本!応援します!

僕が脚本を書いている、神保町を舞台にしたラジオドラマ 『NISSAN あ、安部礼司』も、2006年に始まり、 この4月から20周年イヤーに突入。 石川編集長とはただならぬご縁を感じます。笑
この20年は、文字通り、激動でした。

世の中の混乱や絶望にも耐え、 走り続けるのは容易いことではなかっただろうと推察いたします。

『おさんぽ神保町』の歴史は、神保町を生きたあらゆる人たちの記録でも あります。

だからこそ、残すべきだと思います。
丁寧で心のこもった取材と編集。神保町愛にあふれたスタッフの皆様の 思いは、何度も僕の背中を押してくれました。
合本、今から楽しみです!!

 

イラストレーター

沢野ひとしさん

大学生の頃に神保町をぶらつくのが何よりも楽しみであった。まだ木造二階建ての三省堂、フランスの画材が並ぶ文房堂、高級ギターのカワセ楽器、洋書の北澤書店、松村書店と歩くたびに、店の前で時間が止まった。  

神保町は憧れが全て詰まった街であった。くたびれるとラドリオでコーヒーを飲み、粘るように夕暮れまでいた。  

学生時代が終わり早稲田大学の近くの、児童出版社に入っても、神保町に週に一、二は出かけていた。取次や書店が多いので、サボっていても、「神保町」というと会社では許された。さらにランチョンで昼間から生ビールを飲んでいた。

「本の雑誌」が中野から東京堂書店の裏に移転してからは、さらに頻繁に神保町界隈で編集者と会い、居酒屋で飲んだくれていた。  

恋した人と会う時は、学士会館のバーを隠れ家にしていた。「ここはなんでも美味しいね」と二人して和んでいた。  

幸せな時を振り返ると、いつも神保町の風景が浮かんでくる。これほど長い時間を過ごした街はない。  

私というわがままで、いい加減な人間を許してくれたのもこの街である。

 

仏文学者・評論家
鹿島茂さん
 
神田神保町には、1978年に共立女子大に勤務してから30年、また2003年に仕事場を置いてから6年、 さらにすずらん通りに共同書店PASSAGEを開店してから3年、 というように、 ほとんど途切れることなくかかわりをもってきた。  

だから、 街の変化にはだれよりも敏感で、 その変化を記憶にとどめてきたと思っていた。古い建物がなくなって新しいビルが建っても記憶のスクリーンの映像は鮮明に残り、 イマジネールな神田神保町は永遠だと思っていた。  

だが、 誤りだった。 記憶のスクリーンの映像は私が年を重ねるにしたがって次第に輪郭がぼやけてきて、 ついには漠とした影になってしまった。    

これは困った。  

そんなときである。 「おさんぽ神保町」のバックナンバーをまとめた総集編が出るという話が伝わってきた!  

「これだ!」と思った。神田神保町が激変する過程のすべてが記録されているからである。きっと、曖昧になった私の記憶のスクリーンの映像を一気に鮮明にしてくれるだろう。 タウン誌は街の記憶の保存庫である。  

神田神保町を愛する人はただちにクラウド・ファンディングを!

 

WACOCA: People, Life, Style.

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