わたしたちの日常に密接にかかわる郵便局。あちこちで目にする郵便ポストや町を走り回る郵便配達員、局内に入れば貯金や保険の担当者が利用者に対応してくれる。その窓口の向こうで何が起こっていたか、ご存じだろうか。

 西日本新聞記者・宮崎拓朗氏の『ブラック郵便局』は、関係者1000人以上の声を基に取材し、民営化以降、郵便局内で起きてきた様々な問題を描いている。過剰なノルマ、上層部による深刻なパワハラ、そして追い詰められた局員の自死も――。

 本書から、「第二章 “自爆”を強いられる局員たち」の冒頭を公開する。

局内での死

「残念なことですが、自殺者が出ました。局内での自死ということです。詳細は不明ですが隠蔽されぬようお知らせさせていただきました。亡くなられたのは、配達員の方のようです」

保険の不正販売問題の取材を続けていた2019年春、匿名の郵便局員からメールが届いた。
メールには、痛ましい事案が起きたという西日本地方の郵便局名が記されている。それまでの取材でつながった人脈をたどり、詳しく事情を知る人を探した。
「今回の事件には、根深い背景があります。うやむやになってしまったら、彼が浮かばれません」
同じ局で配達員として働くBさんが、見聞きしたことを話してくれた。
亡くなったのは20代の男性。当日の午前中、バイクで郵便配達をしていた際に、前方にいた車に追突する事故を起こしてしまった。男性のバイクはウインカーが破損する程度で、けが人もいない軽微な物損事故だったという。
男性は、現場での事故対応を終え、報告のために帰局した。上司から「昼休憩が終わってから、あらためて詳しく報告に来るように」と指示されたが、昼休憩が終わっても姿を見せず、間もなく局内の片隅で自ら命を絶っているのが見つかった。
Bさんは「仕事をしていると、救急車のサイレンが聞こえてきました。あの音が今も耳から離れない」と話す。
職場にはショックが広がり、翌日も、すすり泣きながら仕事をする局員がいた。Bさんが見せてくれた写真には、局内にしつらえられた献花台が写っている。遺影を囲むように、花や飲み物、お菓子などが供えられていた。一部の同僚たちは喪章をつけて仕事を続けているという。

Bさんは「彼を追い詰めたのは、上司たちによる陰湿なパワハラと、配達現場特有の時短圧力、そして事故を起こした人を必要以上にとがめる風土なんです」と、怒りを込めて言った。
Bさんによると、男性は配達が速い方ではなかったが、同僚たちが配りきれない分を代わりに引き受け、サポートしていたそうだ。男性は飲み会にも参加し、職場になじんでいた。
環境が変わったきっかけは、上司の異動だ。男性と接する管理職の3人がそろって厳しい物言いをするタイプになり、日常的に叱責を受けるようになる。
男性の死後、職場の労働組合が実施したアンケートには、上司3人による男性へのパワハラについて多数の証言が寄せられた。

「自殺する直前、強い口調で怒られていた」
「年末、エレベーター前で『なんでこんな時間までかかるんや』と大声で言われていた」
「昨年秋ごろ、配達から帰って来た際に、『おまえこの仕事向いてないんじゃないか』などと長時間、怒鳴られていた」
「『おまえはノビシロがないんだから、ごちゃごちゃ考えんと、言われたことをやっといたらいいんだ』と言われていた」
「物販の商品を強引に買わせようとしていた。『目標に○○円足らんから、おまえ買え』という言い方だった」
「ここ数カ月ひんぱんに、時には2、3人で恫喝しているように見えた」
「上司の○○が『俺はパワハラだと思ってないから、言い続ける』と言っていたのを聞いたことがある」
「怒鳴られていることはたくさんありました。悔しいです。こういうことが、二度と起こらないようにしなければいけません」

亡くなる数カ月前には、男性は同僚に、「『次にミスをしたら、進退を考える』という念書を書くよう指示された」と打ち明けている。Bさんは「集配の職場がある局の2階では、男性が叱られる姿が当たり前の風景になっていた」と悔しそうに振り返った。

「配達現場は常に時間に追われる。仕事が速い方ではなかった彼にとっては、特に大変だったと思う」とBさんは言う。郵便局では、労使の協議によって、残業の上限時間が定められており、人員が限られる中、どれだけ郵便物が多くても時間内に配り終えなければならない。
男性はしばしば上司から「おまえは遅いんだから早く出発しろ」「いつまでかかるんだ」などと怒鳴られていたという。
Bさんは「彼があの日、事故を起こしてしまったのは、『残業せずに配り終えなければ』と焦っていたからではないかと思います」と話す。
交通事故は、郵便局の信用や人命にもかかわるため、配達現場では「絶対に起こしてはならない」と口酸っぱく指導されている。事故を起こした配達員は、「事故事例研究会」という会議に出席させられる慣例があり、事故原因について発言させられ、反省や謝罪の言葉を述べなければならない。つるし上げのような場になることも珍しくないそうだ。
この郵便局では、少し前に重大な交通事故が起きたばかりで、現場はいつも以上にピリピリした雰囲気だった。
「どれだけ会社に迷惑をかけるんだ」
男性が事故現場から局に戻ってきた時、ある同僚は、上司のこんな怒鳴り声を聞いている。
「昼休憩の後にまた報告するように」と指示を受けていったん現場に戻ってきた男性は、明らかに取り乱した様子だった。周りにいた同僚は「代わりに行ってやるよ」と言いながら男性の郵便物を引き受けた。別の同僚も「気にすることないよ」と慰めの言葉をかけている。うつむいた状態で泣いていたのか、男性の眼鏡には水滴の跡がついていた。それから間もなく、帰らぬ人になってしまった。
「たかだかウインカーが壊れたぐらいの事故で、なんで死を選ばないといけなかったのか。もっと親身になって話を聞いてやっていればよかった」
Bさんは、声を絞り出すように言った。

男性が亡くなった3日後、この郵便局の局長は、局員らに向けた文書で、「どのような理由があったとしても、我々の大切な仲間がこのような形で自ら命を絶たれたことに対して責任を感じており、悔やまれてなりません。今回のことについては、きちんと検証していかなければならないと強く思っております」とのメッセージを出している。
従業員たちでつくる日本郵政グループ労働組合の地方組織は、会社側に提出した要求書の中で(1)自死事案についての調査結果を明らかにすること、(2)原因究明を行い再発防止策を早急に確定させること、(3)調査結果により非違行為が明らかになった場合は厳正な処分を行うこと──などを求めた。「現場管理者の指導は、根性論に任せた指導方法が多数を占めており、事故事例研究会においても『見せしめ的な場』となっている実態が散見される」とも指摘している。
だが「会社側からは、現場に対し、調査結果などについて何も説明がないまま」(Bさん)だという。男性にパワハラを繰り返していたとの多数の証言があった上司たちは、別の局に異動していった。
日本郵便に対し、この事案の事実関係や対応について尋ねると、こんな回答が返ってきた。
「社員が自死するという事案が発生したのは事実です。しかしながら、個別事案の詳細については、関係者のプライバシーに係ることから、回答を差し控えさせていただきます。当社としては、引き続き、ハラスメント相談窓口の充実、メンタルヘルス対策、長時間労働の削減等に取り組んでおり、風通しのよい職場づくりに努めてまいります」
Bさんは無念の思いを抱え続けている。
「何が起きたのかを検証し、パワハラを根絶したり、余裕を持って仕事ができるように人員配置を見直したりといった再発防止策を打ち出すべきなのに、うやむやになってしまった。会社がパワハラを認めてしまったようなものです。悔しい」

配達現場を追い詰める“時短ハラスメント”。実は、他の地域でも起きていた。
福岡県のある郵便局では、上司が「なんでこんなに時間がかかるんだ」「人事評価を下げるぞ」などと厳しい指導を繰り返し、精神的に追い詰められた配達員の休職や退職が相次いでいた。定員35人に対し、多い時には10人ほどが欠員になり、人員不足から郵便物の遅配も起きているという。
この局に勤める配達員は「常に余裕がなく、事故を起こさないか心配。仕事のことを考えると胸が苦しくなります」と話した。
こうした事例を集め、私は19年7月、自死事案も含めて「時短圧力限界の配達員」という見出しで記事を出した。

以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて

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