ソーシャルメディア上で一瞬、何もかもが「ジブリ」風になった。ユーザーが関心を抱くようなコンテンツを優先的に表示するアルゴリズムは、一般的に感情を刺激するコンテンツを選好する。

  しかし、先週は違った。対話型人工知能(AI)「ChatGPT(チャットGPT)」を開発した米オープンAIが新たな画像作成ツールをリリースすると、世界中で画像をスタジオジブリの映画を連想させるイラストに変える動きが広がった。  

  なぜそうなったのかは誰にも分からない。家族写真をジブリ風にすると人々の興味を引けると指摘した何の変哲もないSNS投稿から始まったようだ。

  オープンAIの「GPT-4o」は、もちろん他のキャラクターも模倣できる。「ONE PIECE(ワンピース)」でも米国で人気の「マペッツ」や「リック・アンド・モーティ」でもよかったはずだ。しかし、人々はジブリを求め、数時間のうちにジブリ化できるものは全てジブリ化されてしまった。

  恐らくこれほどまでにジブリ風が拡散した理由は、その世界が持つ圧倒的な居心地のよさだろう。特に、古い友情が崩壊し、AIを筆頭に経済が急速に変化する慌ただしい世界情勢の中では、その心地よさが一層際立つ。

  ジブリの映像は現実の上に一つの層を重ね、平凡なものを魔法のように見せてくれる。 ほとんどのジブリ映画は、悪役でさえその気持ちを理解できる。

  それに「となりのトトロ」のネコバスに乗りたいと思わなかった人はいるだろうか。あるいは、「千と千尋の神隠し」のおにぎりに安らぎを求めなかった人はいるのだろうか。

夢と現実

  ジブリ風があっという間に拡散した別の要因は、ジブリの描く夢のような世界と現実の恐怖の並置だ。ジブリ風のケネディ米大統領暗殺シーンや、ソ連で粛清された幹部が画像から消されたスターリンの悪名高い写真をジブリ風にしたものものもあった。こうした最もブラックユーモア的でかつ広く共有された画像の幾つかは、極めて悪趣味だ。

  もちろん、そんなものは長くは続かない。こうしたトレンドは自然発生しているのであれば興味深いが、オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)が自身のプロフィール画像をジブリ風に変えただけでも十分ひどいと感じた。

  だが、トランプ大統領が泣いている合成麻薬フェンタニル密売人に手錠をかけているジブリ風の画像をホワイトハウスが投稿した時点で、このトレンドはすでにぞっとするものへと変化していた。

  すぐにアーティストらから反発の声が上がった。将来の雇用見通しに関する正当な懸念や、富裕層が人間のアーティストに依頼する代わりにこのツールを利用していることへの不満、さらにはAIアート自体が本質的にファシスト的であるという首をかしげたくなるような主張まで、さまざまな苦情が噴出した。

  数々のジブリ映画の生み出してきた宮崎駿監督は、こうしたトレンドを認めないだろうと指摘する声も多く聞かれた。宮崎氏はあるドキュメンタリーの中で、AIアートについて「何か生命に対する侮辱」を感じると述べているが、この言葉はしばしば文脈から切り離されて引用されている。

  同氏が語っていたのはAIが手足のない気味の悪いゾンビのようなキャラクターをアニメ化するデモンストレーションについてで、障害者を侮辱していると感じたということだった。

  宮崎氏はジブリ風の画像が世界に広がったことについて正式なコメントを出していないが、少なくともホワイトハウスが使用しているような画像については、承認しないだろうと推測できる。

  しかし、AIによる全ての作品を粗悪だと断定するような思慮に欠ける考え方は行き過ぎだ。誤解しないでほしいが、私は猿のイラストを特徴とする非代替性トークン(NFT)を2年前に売りさばいていたペテン師の集団を軽蔑している。

  また、人工的に生成されたくだらないたわ言を無分別に繰り返す偽アカウントや、それを悪用して投稿を拡散しようとするエンゲージメントファーミングも嫌悪する。

  しかし、他のツールと同様、AIアートは良いことに使われることもあれば、悪いことに使われることもある。ホワイトハウスが悪趣味な投稿をするたび、AIを楽しいと感じるSNSユーザーもいるだろう。

後戻りできない

  手描きアニメに長年こだわっていた宮崎氏だが、スタジオジブリもコンピューターグラフィックス(CG)アニメーションツールを導入。2020年に公開された宮崎氏の長男である宮崎吾朗監督による完全3Dアニメ映画は、1990年代の質の悪いビデオゲームのカットシーンのようだった。

  それでもCGアニメ自体は、ビジョンを現実のものとするわれわれの能力を大きく広げる。ピクサーのような映画スタジオはCGアニメに魂を吹き込む方法を示してきたが、これこそ現在、アートにおける最悪の試みに欠けているものだ。

  グレーゾーンは多々あり、結論を急ぐのはためらわれる。アートのスタイルは一般的に著作権で保護されない。だが、大量のウェブサイトから情報を収集するAIスクレイピングに関する日本の法律は、同僚コラムニストのキャサリン・トーベック氏が論じているように、あまりにも寛容だ。

  今回起きた一連の出来事を巡り、クリエーターらは何らかの法的措置を講じるかもしれないが、何はともあれ、ジブリブランドの強さを裏付ける無料の宣伝にもなった。オンライン上のジブリ風はいずれ消え去るだろう。しかし、ジブリが生み出した作品は、よくできた画像加工アプリを使ったイラストよりもはるかに深みがある。

  いずれにしても、もう後戻りはできない。AIアートはアーティストやアニメーターに確実に影響を与えるだろう。過去にはオートメーションの波が銀行窓口や旅行代理店、タイピスト、高速道路料金所の仕事を奪った。これらの仕事がクリエーティブではないからといって、重要ではないということはない。

  同時にクリーエティブな仕事は保護される唯一無二のカテゴリーではない。日本ではアニメーターが圧倒的に不足し、安い賃金で長時間働いている。AIツールがその緩和に役立つのであれば、歓迎すべきだ。

  技術革新のペースはわれわれを悩ませている。そして、世界がこれほどまでに不確実性に満ちているからこそ、われわれはジブリに目を向けたのだ。よりシンプルで心地よい世界に、一時的にせよ身を委ねたかったのだ。

(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:For a Brief Moment, Everything Was Ghibli: Gearoid Reidy (抜粋)

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