20代にして商業映画の最前線で活躍
自分が10代の悩める季節にいて、さらにままならない家族環境にいたなら、一時的な逃避とわかっていても、井樫彩監督の作品に救いを感じるだろう。2018年の長編デビュー作『真っ赤な星』以来、『NO CALL NO LIFE』(21)、『あの娘は知らない』(22)などを手掛け、20代にして商業シーンの最前線で活躍するのが井樫彩監督だ。
「オリジナル脚本でも原作の映画化でも、毒親をもつ子どもの物語を手掛けることが多いんです。自伝的な内容かと聞かれることもありますが、両親はいたって仲が良い家庭で育ちました。愛情を注いでもらったからこそ、客観的にそのテーマを描くことができるのではないかと後輩に指摘されて納得したことがあります」
北海道伊達市で喫茶店を営む家庭で育った。父は画家で、店内には膨大な漫画があり、同時に四六時中、洋画が流れていたという。
「なんとなく眺めていましたが、ダルトン・トランボの『ジョニーは戦場へ行った』は当時の自分に強く響いた作品ですね。地元の伊達市はカラオケ店とマクドナルドと公園以外は映画館もなければ娯楽もない。冬が長いから自問自答する時間だけはある。その環境で育んだなにかが作風に表れているのかもしれません」
高校卒業後に進学した東放学園専門学校の卒業制作『溶ける』が2017年、第70回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門にセレクトされた。主人公の女子高生は「こんな町未来がない」と制服のまま川へ飛び込み、沈静する。自力で変えられない環境への葛藤とあらがいは、商業デビュー後の作品にも濃厚に表れる。また、シスジェンダーが同性に惹かれる瞬間や、その逆の関係性で交わされる濃厚な感情の演出は井樫作品を見るべき大きな理由だ。