#大奥 #よしながふみ #解説
※概要
5代将軍綱吉が出した生類憐みの令。誤解される部分も多い生類憐みの令について、今回は真面目な(?)歴史解説をしております。
2023年、NHK時代劇「大奥」解説動画です。
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33 Comments
毒まんじゅう、野良犬はスルーで子どもが拾う😂😂😂
後世に、綱吉将軍をこんなに顕彰してくれる方がおられるとは🎵生類憐れみの令の実の所が知れて❗為になったよー✨ありがとう❤️
犬の大量流出を聞いて、毛皮の為に大量に飼われてたヌートリア(オーストラリア産)が脱走し、増えていった史実を思い出しました。今やヌートリア生息地は日本本土全域に及び、官公庁に届出をすれば罠がかけれます。近所の用水路によく出没します。結構大きいからびっくりしました。そこから考えると、大量に出た犬は怖かったでしょうね。お互いにw
私も慶喜は評価しています。
鳥羽伏見の戦いや大阪城脱出劇は事実上仕方ない選択だったのでしょう。戦争を起こしたにも関わらず生き残った松平容保や榎本武揚に比べても批判覚悟の勇気と冷静な判断力を兼ね備えていたと思います。
同じ様な立場に追い込まれた西郷は征討の詔が発せられた後も不平士族軍の勢いに同調してしまい脱出も試みることもなく、1万を超える戦死者を出す無益な内戦を起こしてしまいました。
日本にとって最後の将軍が慶喜だったのは幸運だったし、明治政府も廃藩置県後には事実上朝敵を取り消し、維新の功労者と認めています。現代の人々よりライバルであった薩長閥の人々や裏切られたはずの旧幕府の人々の方が冷静な評価をしていたようですね。
生類憐みの令は任期があったので何回か出されているがそのうちダメかなとなってやめるが、そもそも肉食べる習慣がない人がほとんどで結果は変わらない。
ボダルト・ベイリーという学者によれば館林候時代に側近の制止を聞かずオランダ人の控室に行って質問を浴びせたそうです。その他にも自分で能を舞って、大名たちに披露したり儒学の講義をしたので、おそらくADHDだったんでしょうね。
少し欠点はあっても今の日本人の精神を作った明君だったと思い田沼意次と並ぶ大政治家だと思います。また別の機会に綱吉を語っていただきたいと存じます。
投げキッスいただきました。
きりゅうさんにジョリーとセバスチャンみたいな思い出があったのですね
大樹寺の歴代将軍の位牌が等身大だとすると綱吉の身長は?
今日も大奥徳川吉宗編をみましたけど 予想外のエンターテイメントで大人向けの内容でしたね 夜10時のドラマでしたね ハードボイルドな内容で息ができなくなりました(加納久通の告白シーン) 男女逆転という基本設定を忘れてしまうくらいストーリーがおもしろかった 時代劇好き歴史好きを満足させる内容でしたね
まぁ野犬が増えれば疫病が増えるし、公衆衛生の面からはやっぱり評価はできませんね。
老幼の棄民や馬、牛を捨てるのを禁じるというのも庶民の生活苦を知らない「おぼっちゃま」の発想だったのではと思います。
綱吉の治世が終わったのは江戸の人にとっては救いでしたね。
きりゅう先生の❤を受け止めましたよ😍
ポンコツ綱吉と思っていましたが深い意図があったのですね🌝
教科書では ”はじめは動物愛護という気持ちから出されたこの令は、次第に
迷信化し悪法と化した” とだけで大ざっぱで😢今回のお話の中で100回以上も
訂正されたのがわかり、ポンコツ綱吉も意思疎通で苦労されたのですね😂
世論や世の中にアンテナを張ってがんばっていた5代将軍綱吉❣
ポンコツ呼びはやめますわ😄だから史実は深い意味を理解できて
より楽しめます😄今後とも楽しみにしております
あっ💦メンバーの手続きせなあかん……💕
きりゅうさんのお話で綱吉の見方が変わりました。
良い将軍だったのですね。
人の噂がその人の真実を捻じ曲げる今の世でも同じ事が起きていますね。
きりゅうさん、有り難うございます。目からウロコです。これからもよろしくお願いいたします。
かなりキャラの強い綱吉がどんな人物だったのか、
実際に見てみたくなりました。
あと見てみたいのは、ラットさんのエビ踊り。
インドで乳が出なくなった牛は殺せないので野良牛になり、交通渋滞になるのが問題になって、郊外に野良牛ホームが出来たと20年位前のニュースで聞いた覚えがありますが、綱吉、捨て子や老人の禁止って、吉宗の小石川療養所みたいにホームまで作っていたら、もっと名声も残っただろうに。
確かに綱吉は井沢元彦氏は名君だったと評価してましたね。
戦国の気風が残る時代にあって、人々の価値観を変革せしめたと。
日本史スクープ砲の忠臣蔵回でもそうだったけど、綱吉って結構強かな政治家のイメージがあるなぁ
細かい事にこだわる思想家という印象なので政治家としても友達としても付き合いたくない類の人ですね
現代的な価値観で政治家として評価するのはちょっと違う様な気がします
中国の王莽みたいな人物
名君だと思います🐕❤
やはり、史実のきりゅう節、オモロイわぁ
綱吉公は人命尊重を押し出した人類史上でも屈指の人と思います。大震災で世界が驚嘆した日本人も公あってのものと思います。
(^^♪ あくまで西洋の目線からすると、犬に対してぞんざいな扱いだったと思います。
それまでは、「犬追い」「犬を食す」が行われていたそうな・・・!
綱吉の「生類憐みの令」にイイネを付けたい!!
尚余計なことで、漫才の「かしまし娘」をイメージしてしまいますが、他の二人の発言が非常に少ないのが惜しい。
でも、楽しく分かり易かったですよ☆☆☆
❤お〜最高〜、流石です。楽しかったです。わかりやすい説明です。🎉
以前、徳川家の末裔?の方が、家康の頃から決まってたものをやっただけ的な事を言ってて、面白い説だなと思ってましたがこの話を聞いて、そうなのかもしれない!ってなりました
殺伐とした戦国時代を終わらせたと評価されるようになったみたいですね。幕末、アメリカのご婦人が日本の田舎を旅していたとき食肉が手に入らない。ようやくの思いで鶏を買って食べようとしたら、飼い主が可哀そうだと涙を流して、お金を返して取り戻しに来たという話があります。生類憐みの令は日本人の血肉になったといえるのではないでしょうか
今では動物愛護の先進国といわれてるヨーロッパの国で動物の命など顧みられてない時代に生き物を大切にしようとしたのは素晴らしい
綱吉好きになりました!雷嫌いとか自分の意図をうまく伝えられない感じもかわいい。庶民の倫理観も変えたと思います。
武士が腰物の試し斬りを町民でする辻斬りを禁止する条項も生類憐みの令にはあったとか聞きました👂
歴史上の良い人or悪い人は、あくまで後の世の権力者(もしくは大衆)の「都合の」良い人or「都合の」悪い人ですから。
現代でも、いくら善政していても、課税したら悪人と感じる人もいる。逆もまた然り。
こんにちは、確かに綱吉は、良かれと思ってやったのでしょうが?!今に繋がる多頭飼育崩壊ですよね、綱吉は、そこを考えなかったのでしょうか?!そこ迄江戸=今の東京で犬が増えすぎたのならば何故犬を減らす事を考えなかったんでしょうか?
私は従来の綱吉像や忠臣蔵像に不満がありまして、小説の形で書いてみました。宜しければ御笑覧いただけますと恐悦至極。歴史に造詣の深い方々から見れば突っ込みどころ多々あると存じますが。
タイトルは「元禄十五年冬、御所様は落胆する」
下記アドレスは拙著blog内の紹介記事です。
http://seiudomichael.blog103.fc2.com/blog-entry-3092.html
昔田舎には、犬を処分するのを専門にしている業者が、いて.実家の隣の犬が、処分されるために、数人のおじさんに、連れ去られるのを見てしまいました.😅😢
生類憐れみの令ともう一つ綱吉の出した例がある、余り言われていないが歴史上最も評価すべき、服忌令と言う、それは自殺や人殺しを禁止するもので具体的には追い腹(殉死)や辻斬りなど戦国時代の武士の習慣を改めさせる、また犬追うものという馬上から逃げる犬を弓矢で当てる訓練を禁止するのが趣旨で日本じゅうの侍から猛反発かれ結局悪将軍にされてしまった。人殺しが当たり前の戦国時代から平和な時代に変えた彼はその後の日本を造った明将軍ですが、歴史家は悪評ばかりの資料を追うばかりで、真実は表面的な資料の裏にある事が判らない!こんな例は日本歴史にはいて棄てるほどある👎👎👎
もう一つ綱吉の服忌令の行き過ぎた結果、それは武士を集めて造った軍事政権のはずが平和になると軍事力は不要となり家来は皆事務官僚となってしまい刀を差していても使い方を知らず幕末の倒幕戦では旗本が役にたたず新選組を使うしかないお粗末な自滅となった、綱吉の政策が行き過ぎたのは日本人の性格のせいでもあるが、歴史にはプラスマイナス両面が有るのね😮