戦争に勝つためには優秀な指揮官が必要ですが、それ以上に重要だったのは兵の質です。
つまり一般兵の士気や練度が高くなければ、どれほど優れた作戦や戦略を取ろうが、それは絵に描いた餅に過ぎません。
さて16世紀に目を移すと、すでに一騎打ちや騎士の時代は終わり、
集団戦によって勝敗の帰趨が左右されていました。
いわば一般兵が戦力の主体だったわけですね。
ここで今回の命題です。
日本の足軽と西洋の足軽が戦った場合、果たしてどちらが強かったのでしょう?
そんな素朴な疑問に応えつつ、両者の違いを比較してみたいと思います
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#歴史,#日本の歴史,#足軽

18 Comments
キリスト教圏の兵士だけでなく、オスマン帝国等のイスラム圏の兵士とも比較してほしいですね。
侍とイエニチェリはどちらが強いのか気になりますね。
日本は個別の兵士が一兵卒でも字が読める人もいたり、臨機応変に行動したりめちゃくちゃ優秀で、西洋の傭兵はおそらく、やる気の無い人達の寄せ集めで、そう言ったことが、
欧米は人に期待せず制度や装備を整えて、日本は個人に頼ってという、日本によくない流れになったのかなぁと感じました。
家守る
駒も必死の
草の根も
知恵と兵糧
日の本の駒
ちからわざ
叩き突いて
火砲にて
石壁崩し
読み書き知らず
不利と見たら機動力の劣る敵からさっさと逃げておびき出す、ということができるので足軽有利かなぁ
指揮官によるかも
西洋の傭兵は戦争が長引くほどお給料がもらえたそうなので、戦意がなく
意図的に長引かせたと聞いたことがあります('ω')
西洋の陣は機動力がなかったのですね。
日本が江戸時代になって平和になった頃に西洋では方陣から
究極のチキンレースとされる横隊になったのですね('ω')
北条氏康による〝川越夜戦”は夜襲の根拠は薄いようで、
桶狭間の戦のように強攻が実態のようです。
スパルタ軍と足軽どちらが強いでしょうか?
鉄砲は日本のものが優れていたよ
用兵術や騎馬の扱いが違うのは単純に「地形の違い」。日本は山地や荒れ地が多いが、欧州は基本は平地がメイン。なのでそれに適した戦術が要求される。
スイスの傭兵ですが、戦場ではスイスの傭兵団同士が戦闘をするのが珍しくなく、その精強さが伝わってスイスを守っていたのもある。
傭兵の隊長は基本条件として「読み書きが出来る」がある。当時の欧州に識字率は「日本の半分以下」とすら言われた程・・・
傭兵にも出世した人物がおり、「欧州版:雑賀孫一」こと「アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン(傭兵将軍の異名がある)」がいたりする。
装束を新調されましたな。
此度のは一段と高級感が御座いまする。
普通にある戦国武将の話だけでなく色々な観点から戦国時代を考察してくれるので物凄く面白いです。
う〜ん、流石になwwあと数が違う気がする
戦術なんて勉強すれば誰でも勝てる作戦たてられるもんです。相手の弱点を相手よりも多くの兵を集中させて奇襲かければ勝てるんです。戦術はこれを能書き書いていろいろ言ってるにすぎません。
問題は作戦通りに動けるかどうかなんです。これがなかなか難しい。人は思い通りに動いてくれません。
大体勝つほうが優れているのではなく、負けるほうに何かしら失態があります。
稲作なので人口が多く動員兵力が一桁違うよ。
西洋もいいが支那軍はどうだったんだ?あと、モンゴル兵も興味あるね。
兵站に付け城戦術に水攻めなどもある。大陸の平原でも明と朝鮮に勝ってるよ。
大砲も銃も装備した20万の明軍の精鋭が5000の薩摩に一方的に蹂躙殺戮されとるからなあ。
当時の日本人男性って西洋の女性位の体格しかないんじゃないの?今もか…
肉弾戦がメインの戦じゃ~男と女の戦いみたいに見えたんだろうなw