#どうする家康 #歴史 #解説

※概要
秀吉の死後に行われた五大老と五奉行制とは、どのような構造で、どう機能していたのか、の解説動画です。

2023年、NHK大河ドラマ「どうする家康」解説動画です。

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24 Comments

  1. 義演准后日記では、石田三成を襲撃したのは福島正則 加藤清正 池田輝政 細川忠興 浅野幸長 加藤嘉明 黒田長政+藤堂高虎 脇坂安治 蜂須賀家政になっていて、石田三成襲撃=失脚を画策したのもこの10名と考えた方が客観的と言えるのです

  2. ついさっき見た別の方の動画では、秀吉の遺言みたいな書状があって、そこには家康&利家を2トップとして他の者はそれに従うよう書かれていたとありました。全ての決定権が家康&利家にあったと。いやぁまだまだいろんな説がありそうですねぇ。

  3. 五大老・五奉行は今後「豊臣殿の10人」で😆
    でもそう考えると石田三成は、力の弱い北条義時で、徳川家康は、暗殺されなかった上総介広常かも⁉️

  4. 石田三成も明智光秀も総理大臣よりは官房長官とか官僚向きな気がしますねえ。天下人向きではないような感じで。

  5. かしまし歴史チャンネルは(ほぼ)月・水・金が定期発信です。
    おまけで、日曜日の「追って沙汰する」のコーナーがあります。

  6. 黒田如水は有能だったために秀吉に殺される前に自ら隠居したと言われています。秀吉亡き後の関ヶ原では息子の長政が大半の兵と共に戦ったので如水は近隣の農民などで兵を組織して
    あっという間に九州を制圧し関ヶ原の勝者と戦う気だったと言われています。もし関ヶ原の戦いが一月とかかかっていたら黒田如水VS徳川家康が見れたかもしれない。

  7. いやいや楽しい~
    中学、高校ぐらいでこういう話 聞きたかったです♪
    もっと成績上がって 歴史大好きになっただろうなぁ
    大河初視聴ですが もう 家康殿が素敵に年老いちゃって毎回見惚れております♪
    3人さんのおしゃべりを聞いて またどうする~を見返すのが楽しみです

  8. 7:01
    かつては威光をもってヨソの大名をひれ伏せさせたお家が、円滑な政のためにそのヨソの権威を借りなければいけないのは中々皮肉では

  9. 今日も楽しい解説ありがとうございます😁五大老と五奉行秀吉さんが死んだ時点で機能しなくなるよねと思ってたのですが
    五大老、五奉行と言う呼び方自体が無かったとは😅勉強になりました。

    後ろのは人形?中国の人形かな😁

  10. 五大老と五奉行、どちらが植えというわけではなかったとしても、前田利家のセリフじゃないけど、戦国を生き抜いてきた海千山千のレジェンドである家康や利家を前にしたら「ははーっ」と一歩下がってしまう圧は感じていたでしょうね。

  11. 『五大老五奉行~五・五で語呂も良いし定着しちゃっているしなぁ・・・(^_^;) 』は同意致しますね😅
    きりゅうサンのご解説~「三成たちの→我らが政権中枢側で上の存在だ!」は三成の気持ちはわかるけど、少し理想的に過ぎるかなぁ❓宅麻利家公も「道理だけでは政(まつりごと)は出来ん!」でしたから(^_^;)十人衆の呼び方をどこかで聞いた気もします。あと三成側の家康公殺害計画もあったような・・・

    秀吉公亡き後の豊臣政権は権威の裏付けを喪失してしまい、秀吉公も遺言で家康公に「三年は伏見に居て政務全般の後見をしてくれ!」旨を伝えていたと思います。利家公と家康公の合わせてツートップ体制のバックアップ・権威付けであったと思うのですが・・・他の三大名は合議制の体裁を装う為の何らかの了解事項はあったかも❓しれませんが、実態はやはりツートップが中心かな?私は奉行(としより)と大老(有力大名)のどちらが上か?というよりも⇒江戸幕末のように西南雄藩に実質、政権運営参加を認めざるを得なかった状況に近いのでは?その意味で並列?と思わなくもありません。まぁ、【豊臣公儀体制】はまだ存在するぞ!の意気は分かるけど、江戸幕府で言うなら、次期将軍候補が5~6歳の幼君ではね💦に尽きるのかな❓【豊臣株式会社】の代表権は誰にある?という問いかけであると思います。三成+@の奉行衆にあるとは言えないもんね😅建前は秀頼さんにあるのだけど・・・古今東西、この状況では揉めまっせ!ご解説にちゃちゃ入れるようで相済みません。配信ありがとうございました。

  12. 全てを通知してくれる黒いベルのマーク、ナハナハマーク🔔というのだそうです😂
    ナハナハって若者には通じひんと思うんやけど、わかってしまうオトシゴロです。

  13. 今回の大河で実務の五奉行を大老達が見守る、支える感が見えたのできりゅうさんの解説に納得です!
    秀吉亡きあと、ここぞとばかりに家康がやりたい放題(大名家同士の婚姻とか)になって三成と対立してたと思ってたけど、ドラマではヤンチャになりそうな大名達を抑えるために家康が婚姻を結んでましたよね、三成の為に。周囲の言動に左右されていた三成には家康の思いが届かず、結局敵対することになりましたね😢

  14. 私も五大老、五奉行は大臣と事務次官のイメージでした。
    岸田総理も親戚がみんな財務官僚で、親類からは東大法学部に入れずキャリア官僚になれなかった出来損ないだから、仕方なく政治家やってるという話しを聞いたことあります。大臣と事務次官だと名目上は大臣が上位のはずですが、大臣は事務次官に頭が上がらないということがあるようですね。

  15. 江戸幕府の大老・老中は譜代大名からなって、前田・毛利・伊達なんかの外様の大大名はなれなかったことを思えば、
    豊臣政権も譜代の三成達が《年寄り》扱いされてるのは自然なのかもですね。

  16. まぁそうですよね。例えばトヨタの秘書室と、下請け業者の社長みたいな関係ですかね。下請けは文をわきまえてものを言いますが、対等だとは思っていませんもんね。
    もっと差があったのかな?メルセデスやBMWのCEOとトヨタの重役とでは話にならないもんね^ ^

  17. どうしても、石田三成、頭固いなぁ、融通効かないなぁ、もう少し上手く出来なかったのかなぁ、真面目過ぎるのもどうかなぁ、のイメージが未だに払拭出来ません(^_^;)))

  18. 先生の後ろのお人形可愛いい、ラットちゃんの髪型も眉目秀麗で素敵です💖

  19. 質問です。どうする家康の中で、髷の先端が、前を向いてシュッとつぼまっている人と、後ろを向いてモフモフの人がいますが、何か違いがあるのでしょうか?
    身分?ファッションセンス?
    第40回では、秀頼と五大老はシュッとしており、五奉行など若手と徳川臣団はモフモフしていたような気がします。

  20. なるほど~五大老(閣僚)、五奉行(事務次官)と考えたらすんなり納得😊

  21. 近畿、美濃、伊勢、尾張、三河くらいは豊臣直轄領にしといたらよかったですね。

  22. 昔の大河の家康では、三成、家康を暗殺しょうとしてました。
    昔のは、ここらへん時間かけてドラマにしてますよね。
    なんか、今回の三成は、むちゃまわりから洗脳されて家康の事嫌っていく感があって可哀そうに思いました。

  23. ここまで変わる!?ってくらいかつての説が覆りまくってますね
    武闘派七将による三成襲撃事件も、昔は「三成は家康の屋敷に逃げ込んだ」だったのが「伏見城の治部少丸に逃げて立て籠もった」になり、最近では「いやいや襲撃なんてしてないよ?訴えただけだよ?」とも言われてるらしいですし……
    最もドラマティックなのは仇敵・家康の屋敷に逃げ込むという逆転の策でしょうが、やはり無さそうですね😑

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