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#どうする家康 #ラジオ #日本史 #歴史

14 Comments

  1. それだけ、数正が目の当たりにした秀吉が、どうあがこうが敵わない敵だと感じた訳ですね…家康は、面子にかけても秀吉に頭を下げるなどしない…身をもって自ら出奔することで気が付かせる最後の殿への諫言だったのでしょうか…😢
    切ないですね…

    ところで、アイキャッチのかじか猫🐈かわいい!パッと出てパッと消えて…何方が描いたイラストなのでしょうか?😊❤

  2. いつも楽しく拝見させていただいております。

    21:04 天正大地震ではなく慶長大地震(1596年)の方だと思います。
    慶長大地震も大変だったようです。
    秀吉が治めていた時期は何気に地震が多いですね。

  3. 数正の出奔は、多要因がありそうですね。若手との世代間の対立は考え方の相違以外にも戦術などの変化もあったのかもしれません。今でもITに強い後輩と音痴の先輩の齟齬は、会社にもありますよね。それに加えて、数正は岡崎派なのでその思想的対立もある。さらに、今まで共に歩んできた酒井忠次との見解の相違も大きく、出奔の理由付けを強化したと感じます。若い家臣らとはすでに経歴、考え方で大きくかけ離れてしまいましたが、忠次さえもはるか遠い存在となったのは、数正にとって孤独感を高めたはずです。秀吉との会見で数正は、戦国の世のような群雄割拠の時代は終わりを告げると察知し、それを忠次に伝えたところで、彼には理解の範囲を超えている、ちょうど幕末の尊皇攘夷の志士達が諸外国の実情を知らずに開戦を声高に叫ぶように、若手家臣らは反発するだけだということも。忠次でさえ、徳川の結束の固さで乗り越えられると発言しているくらいだから。数正は元々感じていた自身の疎外感に加え、朋輩忠次とも見えるビジョンが異なってしまった。忠次は次の戦を自身の死に場所と決めているふしもある、さて自分は?!と自問自答したことでしょう。ブラック秀吉の先見の明、賢さにも、家康とは違う魅力を感じたのかもしれません。これらの葛藤が、出奔の要因となったと思います。
    天正地震が、家康を救った。家臣と運に恵まれた家康!!

  4. お2人のやり取りはいつも「いい感じ」ですね!
    石川数正はあんまり大河では登場しないんですよね~。登場すると話が複雑になるからだと思います。私は信長の野望で家康でプレイすることが多いので、石川数正の忠誠心をどう維持させるかにいつも苦慮しておりました(笑)
    靭帯断裂大変でしたね。
    「痛みが無い」ということが重要です。お医者様の指導はあくまで参考程度でOKです。自己判断で山を登っても「痛みが無い」なら大丈夫ですよ!

  5. トークライブ参加したかった
    もう一度東京近郊で休日にお願いします

  6. 市原隼人さんなら
    おんな城主直虎で出てくる
    龍潭寺の修行僧の傑山さんの役で
    ご出演されていますよ
    所々、登場人物のキーポイントになるところで
    助言めいたことを言って去って行く
    筋肉が凄い美形の修行僧でした

  7. 帰雲城はかなりニッチですね。なせが仕事で何度か通ったことがあって、現地では山の中腹にざっくり崩落した跡がいまだ残ってました。

  8. 今回の数正は心の中では家康を気遣っていたのがとても痛かったですね。疑われて岡崎城代も外されたからもう居場所ないと思っていたのも遠因となったのかもしれないですね。小牧長久手の戦い時に酒井忠次と2人で『戦もこれで最後だな』と言っていたのが印象的だった感じですね。四天王の活躍が目立てば目立つほど居場所がなくなってしまったのもあったのかもしれないですね。

  9. 八田知家の初回登場時のセリフ(胸元見せながら)

    「誰だ、俺の仕事にケチをつけておるのは」
    面白かったですよ😂

  10. コメントを読んでくださりありがとうございます。市原隼人さんの物真似やっぱり好きです🎵

  11. 名古屋でのトークライブ、ぜひ開催してください。土日が理想ですが、平日なら、年休取って行きたいです。武士道さんの出身、三重県から参加します。

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