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武田勝頼 (中世から近世へ)
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徳川家康と武田勝頼 (幻冬舎新書)
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武田三代 信虎・信玄・勝頼の史実に迫る (PHP新書)
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武田氏滅亡 (角川選書)
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武田氏家臣団人名辞典
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#戦国武将 #滅亡 #武田勝頼 #戦国時代 #歴史
29 Comments
大河ドラマ真田丸で勝頼の最後までのお話と家康が廃墟になった甲府を訪れたシーンが描かれてましたね・・武田家が滅んだのにちっとも嬉しくない!って言っておりました・・虚無感と喪失感・・自分の手で打ち取れなかった悔しさ・・積年の想いがあったのであろうと・・今回の大河ドラマではそこまで描かれないと思いますが引き続き観ていきます。
高知県の山間には、武田勝頼がはるばる落ち延びてきたという伝説が残っています。
「武田勝頼土佐の会」で調べてみてください!
毛利方の鳥取城や高松城の武将の爪の垢を飲ませたい。😅
武田滅亡は義昭主導による甲相越三和が達成出来なかったのが大きいですね、大河でもそこら辺を絡めると少しはリアリティーが出たのではないでしょうか?とも思いますね。
勝頼は信玄にはなりませんでしたね
領土を信玄時代より拡張しましたがそれ故に敵も多く作ってしまったり(御館の乱での北条氏)、広い領土をうまく統治できなかったり
家臣の離反も止められなかったし
暗愚なイメージが付きまといますが最近の研究ではイメージが変わったのはいいことですね
戦続きと城普請で領民や家臣は疲弊して、武田勝頼を見限ったとの話も有りますね。
元々裕福な状態じゃないのに、無理をし過ぎた。
勝頼の最期は父信玄の負の遺産によるものが大きい気がする!!
個人的に勝頼自身による敗因は、御館の乱に中途半端に介入して、北条との関係が悪化してしまった事ぐらいかな?
武田勝頼の最後かっこいいけど好き❤️好きな武将になった😊
真田丸での「富士や浅間の山が火でも噴かぬ限り…武田の家は安泰にございまする」からの火山ドォン!は当時笑ってしまった…笑
慈愛の国や〜!て言ってた妻に乗っかってたのに裏切られて妻や息子を◯すことになった(しかも半ば二人の自◯幇助)とはいえ、だからって予告によると武田を結局滅ぼす方に動く家康
結局妻に言われて「慈愛の国構想」に乗っかってただけの頭薄っぺらい何も自分では考えられない脳味噌ダチョウみたいなやつでしかなかったっていうね
信念もないし具体的ビジョンもない
瀬名の信念を受け継ぐぜ!とかでもなくただひたすら復讐を考える、バッカじゃねぇの(笑)
こんな家康に共感できる、このドラマを楽しめるファンの人たちが本当に羨ましい
信長はなんで「武田を根絶やしにする」なんて方針を掲げたのかなぁ?
結果を見れば織田方が圧倒したけど、お互い大勢力どうし、どちらかが滅びるまでやり合うとかしんどいやろ。
勝頼好きなだけに和平して武田が生き残る道はなかったんかなぁとか考えてしまうわ
浅間の山の噴火も『多聞院日記』で奈良の僧たちも「やべぇ」ってなってたみたいですね。
穴山梅雪がアナ雪と略されてることを知らなかった
勉強なります!
おやかたさまは
ごゆるりと
景虎側につかず結局北条が離反してしまう、領土は広げたが分不相応気味で高天神城などを救えなかった、など
大名としてとは問題があったと思います、再評価されるほどの人物なのかなと感じます
勝頼は長篠戦以降たった9年で武田家を滅亡させたとかいわれてるけど、信長だって似たようなものだからね。
むしろ長篠戦で大敗したのにそれだけ保たせたのは凄いと言いたい。
天下をとる時には『天の時、人の和、地の利』を揃える必要があると言われますが、勝頼にとってその全てを失ってしまってしまったのは時代が悪かったのかなと思います。時代が時代なら名将になり得たのかな?と思いますね。
かつよりさん、明日どうする家康が退場かな?かつよりさん、なくなる話解説動画ありがとうございます
真田丸での、『浅間山が噴火しない限り』と言った直後、大爆発したのは大爆笑でした。
家族をとても大切にしていた勝頼。
嫁に迎えた北条夫人と子を連れて諏訪湖、諏訪大社へ新婚旅行に行ったとの逸話や
肖像画では本当に珍しく家族全員揃った3人の肖像画を描いてもらったそうですね。
勝頼は大好きな武将の一人です。
「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵也」相次ぐ裏切りでまさに崩壊そのものですね。家康は「徳川はこうなってはいけない」と、勝頼を反面教師にしたのだと思います。
いわば、政治家ってのは「結果がすべて」ですから、途中の過程がいかに良さそうに見えたとしても、結果的には家をほぼ断絶させて、他の勢力に刈り取られたわけで、暗愚という評価は覆らないように思いますね。
甲陽軍鑑での『強すぎる大将』というのは、この点では当たっていると思います。荒木村重みたいにはなれなかったんですね。
片手千人斬りの土屋昌恒の岳父は岡部元信。
歴史だと勝頼の最後が悲しい…
どうする家康では武田勝頼が信玄よりも強いてイメージで描かれてたので滅ぶところも見てみたい
諏訪から新府に移動したときの兵力減少って、勝頼がもともと諏訪の人なのに地域を捨てた形になったことが影響するのかなぁ
数万の織田軍相手に8千じゃあどうしようもないですけども
武士道さんの解説を見ていても思うけれど、信長って畿内や尾張、美濃など肥沃な土地を領有していて軍事力で圧倒的に武田家を凌駕しているけれど、その上で一切隙を見せず武田家や上杉家に調略をかけて、何か起これば内部から自壊するような準備までしているわけですから凄いですよね。武田家を土壇場で裏切った武将たちだってその場で決断したってことじゃなく、もうずっと織田家からさまざまな調略を受けていたわけですから。
で、浅間山の噴火が起こった。これは単なるきっかけで、やはりその機会を無駄にならないようにずっと以前から備えていた信長の凄まじい戦略眼というか、謀略の上手さを感じますよね。
資金源の枯渇がな
4日前、勝頼が自害した場所の景徳院へ行ってきました。何とも言えない空気を感じ、奥さん、16歳の子供と
三人の自害の場所に手を合わせました。死ぬ前に三人とも歌を詠んでいるのですが、もう切なすぎる。