松本潤主演 大河ドラマ「どうする家康」の放送に先立ち、徳川家康の歴史について解説。今回は徳川四天王の筆頭・酒井忠次について。
今回の動画では、織田信長の命令によって自害に追い詰められた家康の長男信康の切腹事件と酒井忠次との関係について解説。
信康はなぜ殺されたのか!その真相に迫る!

●楽曲提供:LAMP BGM

1、徳川家康を天下人へ導いた四天王とは 本多忠勝 前編

2、徳川家康が野戦に強かった理由 戦国最強 本多忠勝 中編

3、これぞ武士道!徳川四天王 本多忠勝が残した言葉 家康の凄すぎる家臣配置

4、信長・秀吉も認めた武将 酒井忠次 前編 知られざる家康との血縁関係とは

5、徳川最大級の悲劇 家康の長男 信康切腹事件の真相 なぜ信長に殺されたのか? 重臣酒井忠次の後悔

25 Comments

  1. 信長が関与したかは分からないけど、信長からみたら家康の跡を継ぐ同盟者としては、信頼できない人間性だったんだろうな。

  2. 酒井左衛門尉は、83年の「徳川家康」では、原作者山岡荘八の視点と原作の分量の多さから、鬼作左、石川数正に比べクローズアップが少なく、2000年の「葵徳川三代」では彼の死後から話が始まるなど、これまでの大河ドラマでは不遇でしたね。今回の大河ドラマでは実際の功績に見合う焦点があてられるといいのですが。

  3. 市橋先生、お疲れ様です‼️なるほどねぇ‼️酒井忠次との確執はにかった‼️でしょねぇ‼️家康の長男ですし武士としてもすごい‼️そしてなぜ切腹までにいったのかぁ!酒井忠次はなぜ助言しなかったのか❓そこら、変も詳しく知りたいです‼️よろしくお願いいたします‼️

  4. 信康の霊を祭り、供養を続けることは祟りを恐れたのだろう。明らかに信康が松平家にとって害であることは賢い忠次は分かっていた。三河武士にとっては何をさしおいてもお家が一番。

  5. お疲れ様です。
    貴重な資料を基にしたお話、いつもありがとうございます。毎回夢中で拝聴しております。
    眼から鱗のお話ばかりで、古文書の説明をお聞きしていると当時の状況がいきいきと浮かび上がってくるようです。とても勉強になります。
    ありがたい事です。

  6. これは内部闘争、親子対決ですね。
    長男は信長との同盟という家康の方針に反対する動きを見せている。
    信長の命令というより家康自身の判断で部下を動かし切腹させたと思う。

  7. 信康ー忠次、村重ー清秀、秀吉ー三成、秋家ー長政・・・等。決定的な場面での対応で失敗する気質の組み合わせ。
    現代の政治でも角栄ー正芳、前原ー小池、現在進行中の野党間の組み合わせでの中でもある。
    信康は信盛、光秀、義元と同じ気質なので、信長と気質が合わない。
    忠次も良かれと思う対応をしたのだろうが組み合わせが悪かったとしか言いようがない。
    忠次を申し開きの使者に送ったのは家康の失敗。
    大河ドラマで「麒麟がくる」の出だし道三、義龍、光秀はそれぞれと同じ気質の俳優が演じたので、大変良い出だしだった。
    来年の大河も家康の若い頃と同じ気質の松潤さんが演じるので高評価の出だしになるでしょう。

  8. 「齢を摂って骨の折れる事よ」
    「倅が生きておれば…」
    関ヶ原の戦い時の家康公の発言ですね。
    秀忠公はまだ20歳過ぎで孫子の年やから家康公60歳時の苦悩が知れますね。

  9. 鶴岡市には松平信康が祭神の一柱となっている神社が存在しています。そういう意味では松平信康は酒井氏ひいては庄内藩とその領民たちをずっと見守ってきた存在なのかもしれません。

  10. 官学である朱子学を学ばずに、異学である徂徠学をあえて採用したのが、致道館の学問の特徴です。 とはいえどっちかどうだかというのは説明できないけど、、。 ものの本によれば、テキストに対しより実証的なアプローチをしたのが徂徠学で、近世以降の酒井家のお侍さんたちにの考え方に少なからず影響を与えたんだとか、、。

  11. いまだにいろんな説がありますね。
    家康は自分に似て気性が激しかった信康を警戒して嫌ってたとか、いやいや本当は頼もしいと愛していたが無念の切腹命令だったとか。

  12. 親子対決に一票。武田信玄は、父親の武田信虎を追放して跡を継いでいる。更に、斎藤義龍は父親の斎藤道三を討っている。家康はここから学習し、信康の時も容赦しなかった。
    五徳の影響はあったと思う。五徳は怖い上司のムスメ。それが、徳川家で耳にした嘘か真か分からない話を、父親に送っていた。家康からすると、もうそれだけで「マズイ」と思ったんじゃなかろうか。

  13. 今年の大河も瀬名の描写を見る限りでは信康の切腹は信長の所為ってことにされるんだろうなあ。
    いいかげんステレオタイプな信長描写はやめてほしいわ。

  14. 毎回、楽しみにしています。また、詳細に深くご説明頂き、とても分かりやすいです。更に新たな発見があり驚いております。信康自刃事件について、浜松、岡崎の拠点の違いにより、将来、西、東地区の徳川軍団指揮系統の混乱を生じさせないように信長の命(心配症!?)により家康が信康へ自刃を命じたとの事ですが、なるほどと思いましたが、裏に武田信玄の策略があったのか?何故、ここまでしなければならないのか?いまだに分かりません。是非、信長の考えについて、機会があれば教えて下さい。

  15. 信康切腹の件で、信長が家康を追い込んだという史料は一切ない。憶測あるいは先入観で史料を解釈しすぎだ。家康が武田信虎みたいになりたくなくて先手を打ったという普通の解釈を、家康信者は受け入れ難いのだろうな。

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