大河ドラマ「どうする家康」に放送に先駆け、徳川四天王について紹介。今回は雌雄兼備の武将といわれた榊原康政について紹介する。榊原康政は元々下級武士だったが、徳川家康に見いだされ大名格まで上り詰めた。初陣で着用したちぎれ具足はその階級の低さを物語っている。
●楽曲提供:LAMP BGM
1、徳川家康を天下人へ導いた四天王とは 本多忠勝 前編
2、徳川家康が野戦に強かった理由 戦国最強 本多忠勝 中編
3、これぞ武士道!徳川四天王 本多忠勝が残した言葉 家康の凄すぎる家臣配置
4、信長・秀吉も認めた武将 酒井忠次 前編 知られざる家康との血縁関係とは
5、徳川最大級の悲劇 家康の長男 信康切腹事件の真相 なぜ信長に殺されたのか? 重臣酒井忠次の後悔
6、徳川四天王 榊原康政 下級武士が大名へ 知勇兼備と言われた理由

15 Comments
いつも楽しく視聴しています。
来年の大河ドラマは家康が主人公ということで、今からとても楽しみにしています。
これからも、先生の知識を存分に聞かせて下さい。
いつもありがとうございます。
改めて愛知県は英傑出世の都なんですね。
京都で産まれ滋賀県で育ちましたから「畿内は歴史の誉れ」と思ってましたがまだまだ不勉強やと痛感しました。
もう美肌だろ。
またルッキズム
市橋先生、お疲れ様です‼️榊原氏の生い立ちや代々のことなどとても勉強になりました‼️次が楽しみにしてます‼️
武田・山縣の旧臣が赤備として井伊直政に与えられたときの怒りの様、家康から友と呼ばれる本多正信を「腸が腐ったやつ」と罵ったりした例を見ると、康政が自分を律することにこだわったのは、内心嫉妬深いこと、頭にくるとつい愚痴を漏らしてしまう性格を自分で反省せいていたのかもと想像します。
家康は冷遇してたけど秀吉の薦めで昇進した人ですよね。
毎回楽しみにしています。
今年は鎌倉幕府の事を教えて頂き大変勉強になりました。北条氏三代までの内容でしたが、鎌倉時代がこんなにも日本の武家社会、精神性に影響を与えていたなんて恥ずかしながら知りませんでした。先生は本当に色々ご存知ですね。歴史の流れだけでなく城、鎧兜、仏像などあらゆる方面にお詳しく本当に為になります。
来年は家康聖地巡礼したいですね〜岡崎城行きたい
四天王、昔も現在も試合や会社にはこの言葉に当てはめるけど、なぜ?
先生のお話、面白いです。
頑張ってください。
いつも学ぶことが多く、楽しく視聴しています。地元は榊原家の旧領なのに、いまいち盛り上がっていません((笑)!?。左遷されてきたイメージだからかな?
わたしは、派手好きで吉宗嫌いで、高尾太夫を身請けした政岑公が大好きです。是非とも桜の季節にイケメン俳優を呼んで花魁道中をやってもらいたい!!!
続きの動画配信超楽しみにしています。
金の日輪は平氏の旗ではないですか?
「どうする家康」楽しみです😋👍✨🎵
このチャンネルを見て、先生の岡崎での講演会動画を見ると、とても勉強になります。