「無理しない受験」という、静かなブーム
最近の中学受験界隈では、「無理しない受験」という言葉を耳にすることが増えましたが、これは単なる流行語というよりも、保護者たちの経験と疲労の積み重ねから生まれた、ある種の生活防衛本能のようなものなのかもしれません。我が家は関西在住なので、首都圏は違いますぞ!という文化はもちろんあると思います。まぁ、その辺りは後ほどお話ししましょう。
昨年、長男が中学受験をした際、同じ小学校の保護者の方々の会話を聞いていても、「少しでも偏差値の高い学校へ」というより、「この子が6年間ちゃんと通える学校へ」という視点にシフトしている方が多いなあと感じていました。
特に長男の学年は、第2子・第3子が多かったこともあり、上のお兄ちゃん・お姉ちゃんの受験で体力も気力も財布も削られ、進学後のスピード感についていけず、家庭内が軽い修羅場になった経験をお持ちのご家庭がちらほらと見受けられたのです。
そういう現場を一度でも経験すると、「次はもう少し穏やかにいきたい」と思うのは、ある意味で自然な流れであり、人間としてとても健全な判断のようにも思えます。
バキバキの最難関を目指すのも素晴らしいことですが、子どもが笑顔で通える6年間を優先するという考え方もまた、立派な戦略の一つなのだと、個人的にはじんわり感じていました。
地域差なのか、それとも時代の流れなのか
ただ一方で、都内で子どもが中学受験をした友人たちにこの話をすると、「いやいや、こっちはまだまだ攻めの受験文化だよ」と即座に返されることが多く、同じ日本でも地域によって温度差があるのだなあと、妙に感心した記憶があります。
少しでも上へ、少しでも高い偏差値へ、という姿勢は、首都圏では今もなお健在であり、むしろ競争の激しさは年々増しているという話も耳にしました。
そう考えると、私の周囲で見られた「余裕を持った受験」という流れは、もしかするとローカル色の強い現象なのかもしれないし、あるいは、これからじわじわ全国に広がっていく(もしくは自然消滅していく)価値観の変化の入り口なのかもしれません。
どちらにせよ、子どもたちの未来に関わる選択に、正解が一つしかないわけではないという事実だけは、年々はっきりしてきているように感じます。
実際に入学してみてどうだったか?

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