「あれもこれもさせなきゃ」と、つい先を急いでしまいがちな小学生時代。しかし、3人の息子を難関大に合格させた母親が最優先したのは、意外にも「とにかく遊ぶこと」と「家族のイベント」でした。
今回は、たかもりくみこさんの著書『ただ見守る科学的子育て: 3兄弟が一橋、慶應、東京藝大に合格! わが子に主体性が勝手に身に付く最も簡単な方法』(Gakken)を一部抜粋してご紹介いたします。
勉強は後から学べるけれど、遊びに没頭する経験は二度とできない。そんな信念のもと、自然体験から味噌作り、そして「教える係をクビ」になった宿題の向き合い方まで。子どもが「人生には楽しみがたくさんある」と信じて生きていくための、根っこを育てる家庭のあり方とは?
とにかく遊ぶこと、今しかできない楽しいことをするのが最優先でした。お友だちとの約束、家族でキャンプに行く、旅行に行く、などなど。それには二つ理由があります。
一つは、勉強は後からいくらでもやり直したり学んだりできるけれど、子ども時代の遊びに没頭することは二度とできないから。もう一つは、人生には楽しみがたくさんあることを知っておいてほしかったから。
たくさん楽しんで過ごした時間があるほど、この先の人生で辛いことや苦しいことがあったとしても、乗り越えられる力になるのではないかと直感的に思っていたのです。
暮らしの成り立ちを体験しておいてほしいと思い、花や野菜を育てること、味噌づくり体験や梅干しづくり、料理やお菓子づくり、パンづくり、火をおこすこと、ぞうきんを縫う、上履き洗い、洗濯、風呂掃除、など生活全般に関することは一緒にやりつつ、日常のことはなるべく一人でもできるようにしていました。年末の大掃除も、家族イベントの一つにしてしまいます。
好きなこと、興味があること、やってみたいと言ったことは存分に。週末や長い休みには、家族や友人の家族と出かけました。特に田植えや畑体験、化石掘りなど自然体験は多めに。他には、科学博物館や美術館などにも足を運びました。
トイレを掘るところから始まる2週間のサマーキャンプ参加は、一人1回は必須。東京から名古屋の祖父母たちの家に、兄弟だけで新幹線に乗って行くのも長期休みの恒例でした。
小学生は遊びの黄金時代なので、帰宅後も週末も遊ぶのに忙しい。ゲームの他にもレゴブロックや工作、お絵描き、プラモデル、カードゲームに加え、トランプやボードゲームにもハマっていました。
幼少期に続いて、本人の興味を持つ分野の本、人生に役に立つのではないかという本は、いつでも手に取れる本棚に置いておきました。
習い事は少なめで、子ども自身がやりたいと言ったもの、楽しいものだけ。私と一緒に参加していた多言語活動の一環で、いろんな国からのゲストのホームステイ受け入れを1年に1度くらいしていました。
勉強の基本スタンスは「授業中にしっかり理解しておいで」と伝えていました。
宿題も特に習慣化することもなく、遊んだ後でも前でも夕飯前でも後でもOKで本人が決めていました(夕飯の時間と寝る時間だけは、生活リズムとしてほぼ決まっています)。
余談ですが、三男が小1のときに宿題について私に聞いてきたのですが、私が教えているうちにイライラして「母さんは教えるのが下手すぎる!」と言ってきました。教える係を“クビ”にされたのです(笑)。それ以来私にはほとんど聞かず、先生や友だちや兄に聞いていたようです。
とにかく宿題や勉強よりも、遊びや家族行事が優先。それは変わらないスタンスでした。
宿題以外では、学研の付録付き雑誌『学習』や『科学』はすごく大きかったそう。また、本人たちの希望で通信教材『チャレンジ』を取っていました。溜まるとストップしていました。「お勉強キラーイ!」とはっきり言っていた三男には特に、好きなことをする時間を大切にしていました。
苦手で本人が困っている科目では、本屋さんに行き、一緒に問題集を選ぶこともありました。
新聞は取っていますが、教育的にあえてこちらから時事問題を話題にするということはしていません。記事を読んだ子どもたちの話を、感心しながら聞いていることのほうが多いです。ジェンダーとか人種差別、戦争などのテーマについては「女性代表」みたいな気持ちで私の主張を言うことだけは別格扱いです。
「表情がいつもと違うな」というときだけ声をかける。「算数の分数が全然わからない」なら一緒に教科書を開くし、「(トレーディング)カード取られたかもしれない」とか「上級生が嫌な目で見てきた」というときは本人の希望を聞いて対処することもありました。
失敗もたくさんあったし、親が気づいていないこともたくさんあったと思います。ただ、最悪の未来に行かなかったことは本当に幸運でしたし、学校や先生やお友だちに恵まれたおかげでした。

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