2026年3月26日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟で実施された小動物飼育ミッションに関する研究成果について、東京事務所にて記者説明会を開催しました。

説明会には、新聞社、放送局、専門メディアなどから10社13名の報道関係者が参加。JAXAと筑波大学、NASA等による国際共同研究「JAXA–NASA共同低重力ミッションが解き明かす、生体応答における重力依存性」に関する最新の成果が紹介され、将来の月・火星探査を見据えた研究の意義や社会的な波及効果について、活発な質疑応答が行われました。
この研究成果をまとめた論文は、日本時間2026年3月14日付で国際学術誌 Science Advances に掲載されています。

重力の変化が筋肉に与える影響

今回の研究成果は、JAXAとNASAが共同で実施した第8回小動物飼育ミッション(MHU-8)での研究結果をもとにまとめられたものです。

MHU-8では、JAXAが独自に開発した小動物飼育システムを使用して、「きぼう」船内でマウスを微小重力、0.33G、0.67G、1Gの4種類の重力下で同時に飼育し、得られたデータを解析しました。ちなみに、0.33Gは火星の重力に近く、0.67Gはその2倍に相当する重力です。

筑波大学 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 宇宙医学部門 遺伝子改変マウス分野の高橋智教授のグループを含む国際研究チームが、それぞれのマウスの筋線維、筋機能、血中代謝物などの変化を調べたところ、0.33Gでは筋肉の萎縮が抑えられたものの、機能は低下していました。しかし、0.67Gで飼育したマウスは筋肉の機能を保っていたことがわかりました。

つまり、筋肉の萎縮(量)と機能では影響を受ける重力の大きさが異なっていたのです。これは、重力に対して、筋肉が反応する重力の境界線(閾値)は1つではなく、複数あることを意味します。

この過程で明らかになったのが、重力の違いによる筋線維タイプの変化です。骨格筋には、瞬発的に大きな力を出す速筋と持久力のある遅筋の2つのタイプがあることが知られています。今回の研究では、微小重力と0.33Gで飼育したマウスの筋肉が遅筋から速筋に変化する速筋化が起きた一方で、0.67Gや1Gのマウスでは速筋化は見られませんでした。

グループで研究をリードした1人である筑波大学 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 宇宙医学部門 再生医学分野の藤田諒准教授は、「他にも、重力の変化によって血液中の量が変化する代謝産物をいくつか発見しました。重力の変化は骨格筋代謝を含め、全身の代謝を変化させるといえます」と説明しました。

世界唯一の装置を用いた低重力ミッション

MHU-8では、JAXAが開発した可変人工重力研究システム「MARS(Multiple Artificial-gravity Research System)」を使用しています。マウスを1匹ずつ収容し、個別に飼育できる専用ケージを、遠心力で重力を発生するターンテーブルに6個配置しており、ターンテーブルを回転させることで様々な強さの人工重力をつくることができます。

今回のミッションでは、微小重力、0.33G、0.67G、1Gの4つの重力環境をつくり、それぞれ6匹ずつのマウスを約30日間飼育しました。MARSによって、重力以外の実験条件をそろえた大規模な宇宙実験が実施できるようになったのです。

JAXA 有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センター 研究開発マネージャの芝大は、「このようなシステムは世界の中でもJAXAしか持っていません」と説明します。専用ケージでは、給水・給餌・排泄・換気はすべて自動化され、暗視カメラとワイパーを備えた監視システムにより、地上から常時健康状態を確認できます。「ケージの中では上から下に穏やかに風が流れることでマウスの糞や尿を回収するようにするなど、様々な機能が組み込まれています。地上試験でたくさんの検証を経て、できあがったものです」とその苦労を語りました。


設置された飼育装置

今回の研究で、筋肉の萎縮、筋線維タイプの変化、筋機能の維持には、それぞれ異なる「重力の閾値(境界値)」が存在する可能性が示されました。これまでの宇宙実験によって、筋線維のタイプを変化させる分子メカニズムがマウスで明らかになり、同様の仕組みがヒトにも存在することが分かってきており、医療などへの応用研究が進められています。

高橋智教授は、「宇宙飛行士が火星に行くまでに健康を保つ方法、高齢者などの機能を回復させるリハビリ法、新薬の開発などへの応用が期待されます」と研究成果が今後の宇宙開発や社会にもたらす影響を語りました。

質疑応答(一部・抜粋)

記者説明会では、研究成果の科学的な意味だけでなく、将来の探査や地上への影響を見据えた質問が数多く寄せられました。主な質疑応答を、補足解説とともに紹介します。

なぜ今回、「マウス」を使ったのですか?

JAXA 芝大:マウスは、医学研究や創薬研究で長年使われてきた動物で、生理や遺伝の仕組みが人に近く、科学的な知見が豊富に蓄積されています。また寿命が2~3年と比較的短く、人では何年もかかる身体変化を短期間で観察できる点も大きな利点です。

さらに、遺伝子改変マウスを用いることで、加齢や疾患のモデル研究にも応用できます。宇宙という限られた環境で行う実験では、打上げ質量や飼育スペースにも制約がありますが、マウスはサイズが小さく、その点でも適しています。今回の研究は、こうしたマウス研究の特性を最大限に生かしたものです。


JAXA 研究開発マネージャ 芝

火星と同じ重力(0.33G)があれば、筋肉は十分に守れるのですか?

筑波大学 藤田諒 准教授:今回の結果から言えるのは、「筋肉のすべてが守れるわけではない」という点です。筋肉の量(萎縮)については、0.33Gでもある程度維持されました。一方で、筋力や筋線維の性質といった機能面では、低下を十分に抑えることができませんでした。

つまり、火星の重力があれば安心という単純な話ではなく、どの身体機能を維持したいのかによって、必要な重力が異なることが分かってきました。これは、将来の探査計画や運動プログラムを考えるうえで非常に重要な視点です。


筋肉の維持について解説する筑波大学藤田准教授

なぜ0.67Gという値が重要なのでしょうか?

筑波大学 高橋智 教授:0.67Gは、筋力低下や筋線維タイプの変化が抑制され始めた、いわば生体応答の分岐点として見えてきた値です。これまでの多くの研究は、「1Gか、それ以外か」という極端な比較にとどまっていました。

今回の実験では、4段階の重力を同時に比較することで、重力の影響が段階的に現れることが明確になりました。0.33Gと0.67Gの差を定量的に示せた点は、探査ミッション中の運動負荷などを検討するうえで、非常に価値のある成果だと考えています。

視力や眼への影響も、重力によって変わるのですか?

筑波大学 高橋智 教授:宇宙環境では、宇宙飛行士に視覚異常が生じるケースが報告されており、安全面でも大きな課題となっています。マウスを用いた解析でも、微小重力では眼の組織に変化が見られました。

一方で今回の実験では、0.67G程度の人工重力を与えることで、眼の組織異常が軽減される可能性が示されました。視覚は長期探査の遂行そのものに関わる重要な要素であり、今後はより詳細な解析や、他の生理指標との関連付けが必要になると考えています。


筑波大学 高橋教授

この研究は、地上の私たちの生活にも役立つのでしょうか?

筑波大学 高橋智 教授:宇宙は、加齢に類似した身体変化や不活動によって起こる身体変化が短期間で現れる「加速環境」でもあります。そのため宇宙実験は、地上では何年もかかる研究を、効率よく行えるという利点があります。

今回の研究では、筋肉のタイプや機能を決める遺伝子の働きが明らかになりつつあります。これは、高齢者の転倒予防や筋力低下の早期対策につながる可能性があります。将来的には、運動介入に加え、医療や健康分野への応用も視野に入ってきます。

今後、この研究はどのように発展していくのでしょうか?

JAXA 芝大:今回得られた成果は、月・火星探査に向けた基盤データです。同時に、「0.67Gは地上の運動量に換算するとどの程度なのか」「血液中の代謝物を使って筋肉状態をモニタリングできるのか」といった、新しい研究課題も見えてきました。

ISSという特殊な環境を生かしながら、国際協力のもとで研究を進めることで、宇宙探査だけでなく、地上社会にも還元できる知見を積み重ねていきたいと考えています。


質疑応答の様子

この記者説明会の模様は、YouTube「JAXA公式チャンネル」でアーカイブ配信しています。ぜひ、ご覧ください。

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