
子どもたちが主体となって行う清掃活動の一例。
日本の学校で行われてきた取組が、近年、海外から注目され教育現場で取り入れられている。独特の文化を形成してきた日本の学校教育は何を目指してきたのか。その道のりと日本社会に与えた影響について、教育学者の秋田あきた 喜代美きよみさんに話を聴いた。

秋田あきた 喜代美きよみさん
学習院大学文学部教授、東京大学名誉教授。立教大学助教授、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター初代センター長を経て、東京大学で女性初の教育学研究科長及び学部長(教育学部長)を務め、2021年4月から現職。こども家庭庁こども家庭審議会会長、文部科学省中央教育審議会委員も務める。
学校教育のあり方は時代の移り変わりと共に変遷してきたと思いますが、現在、日本の学校教育が目指している方向性とその背景について教えてください。
日本の近代学校教育制度は、日本社会が近代化する最中の1872年に始まりました。その後、制度の確立と整備がされていき、第二次世界大戦後の1947年には、日本国憲法の精神に基づいて「教育基本法」と「学校教育法」が定められました。現在、日本の義務教育は小学校6年と中学校3年の計9年です。また同年に、教育課程の基準である「学習指導要領」が試案として世に出され、1958年の改定で学校教育法に基づく告示として定められ、法的拘束力を持ちました。
学習指導要領は、全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準です。小学校、中学校、高等学校等ごとに、それぞれの教科等の目標や大まかな教育内容を定めており、その内容は、現在に至るまでおよそ10年ごとに改訂されています。1998年の改訂では、「「生きる力」の育成」という理念が初めて登場しました。そして、2017年・2018年・2019年の改訂で「生きる力 学びの、その先へ」と表現が改められました。
「生きる力」とは具体的に「知・徳・体のバランスのとれた力」を意味します。知は「学力」、徳は「人間性」、体は「健康・体力」を表しており、そのどれもが社会の担い手には欠かせない能力とされることから日本では「全人教育」と呼ばれ、調和ある人格の形成を目指す教育が昔から行われてきました。
この伝統的な考えが反映された「生きる力」が学校教育のキーワードに掲げられた背景には、近年の急激な社会変革があります。情報技術の目まぐるしい進歩やグローバリゼーションの影響から、私たちの生きる環境は激変しています。先を見通すことが難しく不確実な時代だからこそ、子どもたちには「自らの人生を舵取りできる能力(レジリエンス)」を身に付けてほしいという思いがそこには込められています。
「生きる力」の重要性を実感したのは、まさに新型コロナウイルス感染症によるパンデミックでした。あの経験をきっかけに、世界的に「ウェルビーイング」の概念への関心が高まりました。日本においてもその流れは広がっていき、教育分野においては「日本社会に根差したウェルビーイング1の向上」という文言が、「持続可能な社会の創り手の育成」とともに、教育基本法の理念に基づく「第4期教育振興基本計画」(2023年度から2027年度まで)のコンセプトとして定められました。
日本の教育の特徴であり、また強みでもある「全人的に子どもを育てる」という考えは、近代学校教育制度が始まって150年を経た今、再確認されています。
子どもたちの「生きる力」を育むのに、学校生活はどのような役割を果たしていますか。特に小学校や中学校の義務教育の場では、教科の授業以外にも様々な活動が行われていると聞きます。
日本の学校教育には、一般的に「組」や「クラス」などと呼ばれる「学級集団(以下、「学級」)」という活動の組織単位があり、学校生活全体で大切にされています。各教科の授業でもそうですが、とりわけ「特別活動」において重要な役割を果たします。
特別活動は、子どもたちが集団活動を通してより良い人間関係を築き、自主的・実践的な態度を育てることを目的とした教育活動です。学校教育法施行規則では、例えば小学校の教育課程は、国語や算数などの各教科や特別の教科である道徳、外国語活動、総合的な学習の時間及び特別活動によって編成するものとされています。特別活動として具体的な活動は「学級活動」「児童会・生徒会活動」「学校行事」です。加えて小学校では「クラブ活動」も行われます。
日本の特別活動の中で特徴的なのは、学級活動における給食指導と清掃活動です。給食指導は、心身の健康の基本となる「食育」の観点を踏まえた活動(参照:日本の学校給食制度の意義と歩み| December 2025 | HIGHLIGHTING Japan)で、学校が支給する昼食を教師と子どもたちが一緒に食べます。その際、食事の運搬や配膳は子どもたちが当番制で行い、食事を済ませたら、清掃活動に移ります。子どもたちが主体となり校舎の内外を掃除し、自分が所属する学級の教室をはじめ、公共の場である廊下や階段なども分担してきれいにします。

給食当番の一例。給食の運搬や配膳も当番制で子どもたちが行う。
また、学校行事として年1回開催される「運動会」(参照:子どもたちが主体的に運営する運動会| December 2025 | HIGHLIGHTING Japan)も特徴的な活動です。運動会は、運動を中心とした競技が行われる全校を挙げたイベントで、競技に学級ごとで挑んだり、上級生と下級生が一つのチームになり競い合ったりします。運動会は、目標に向かって力を合わせて取り組み、勝敗のみにとらわれず、仲間と協力しながら失敗や困難を共に乗り越えていくという、共同的な活動としての特徴をもっています。当日は子どもたちの保護者も参加し、地域の人々が応援に駆けつけることもあり、地域と一体になって行う日本の伝統的な学校行事です。
このような特別活動を含めた学校生活を通して、子どもたちは、自分たちのことは自分たちで決めて自分たちで行うという「活動の自治」を体験します。学校はまさに社会の見本であり、所属する集団に対する「役割意識」「貢献意識」「自己有用感」などを培うために、子どもそれぞれに「生きる力」を育み、発揮する場なのです。
海外では近年、特別活動を中心とする日本式の教育制度を取り入れる例がいくつか見られます。そこで、日本ならではの学校教育の制度や取組、学校文化の魅力について教えてください。
エジプトやヨルダン(参照:ヨルダンの教室に広がる日本の「特別活動」| December 2025 | HIGHLIGHTING Japan)には、学級活動や掃除などの特別活動を取り入れて、日本式の教育を実践する例があります。その特別活動こそ、日本発祥のものといえるでしょう。例えば、先ほど述べた清掃活動は、近代学校教育制度以前から続く学びの場での習慣がもとになっています。
特別活動では、初めは教師が活動をリードしますが、徐々に子どもたちに委ねていきます。自分たちの考えを実践する過程で、話し合いのマナーが身に付き、やがて協調性などの非認知能力2が育まれます。こうした点が、海外の教育現場に受け入れられる理由ではないでしょうか。
そのほかに特徴的だと思うのは「縦割り班活動」です。同じ学年による学級とは別に、学年の違う子どもたちが「班」という小集団になり、給食指導や清掃活動、運動会などで活動します。同じ地域に住む子どもたちで組まれた班で、登校と下校を共にする場合もあります。

学年の違う子どもたちが班を作って集団で登校する様子。
「異学年交流活動」とも呼ぶこの取組では、小学校の1年生と6年生の関わりを例にすると、6年生には年長者としての自覚が芽生え、1年生は憧れを持って年長者を見習います。年齢の上下による縦の軸の関係性を通して、学校における人間関係は広がり深まっていきます。集団の一体感を重んじる点は、日本の学校文化の魅力の一つといえるでしょう。
こうした日本ならではの教育が形作られてきた背景には、第二次世界大戦の間に行われた学校教育への反省があります。その思いから、戦後、教師たちは教育の向上に献身的に取り組んできました。
そのような日本の教師たちは、自らの授業で、子どもたちの様子を丁寧に見ていきます。一人ひとりの心情や子ども同士の関係性を捉え、見守りながら語りかけます。このような形で授業を行う能力は、海外から高く評価されています。
その背景に、日本の教師が「校内研修」と呼ばれる活動に取り組んできたことが挙げられます。同僚の教師と互いの授業を見合い、授業を行う能力を高め合う活動は「レッスンスタディ(授業研究)」として、2000年頃から海外に広く知られるようになりました。

レッスンスタディの一例。教師が他の教師の授業を見学して研究を行う。
写真提供:秋田喜代美
現在、レッスンスタディは北米、ヨーロッパ、アジア、アフリカなど世界各国でそれぞれの制度や文化に合わせた形で広く取り組まれています。このレッスンスタディの取組が広まる過程で、日本の特別活動も知られるようにもなりました。特に、日本の全人教育が大切にする人間性としての「徳」の部分を理解する国々を中心に受け入れられているように感じます。
今後も、グローバリゼーションや科学技術の進化などの外部環境の変化によって、学校教育も形を変えていくと思います。現在の日本の教育の課題やこれからの取組について教えてください。
まず挙げられるのが、不登校児童生徒数の増加です。最新の調査では、2024年の小・中学校における不登校児童生徒数は、合計で35万人以上にのぼると発表されました。不登校の子どもの中には、学校の集団内に自分の居場所が見つけられない子や、教師の熱心な指導や授業速度に対して精神的プレッシャーを感じる子がいるようです。
また、日本以外に出自のある子どもや経済的・心身的なハンディを持つ子どもの存在が以前より認められるようになるなど、学校における多様化が進む中で、これまでの同質・均質な学校・学級づくりから、子ども主体で学べる方法の確立や個性化も大事にする個別最適な学びと協働的な学びの一体的展開など、公教育の在り方を改めて考えていく必要があるように思います。
そして日本においては、教師の働き方も課題になっています。教師にとって、子どもたちの生活を丸抱えするような働き方は負担が大きくなります。「休みのない教育」に心身のストレスを感じ、長期休養する教師の数の増加や、職場環境が嫌厭けんえんされ教師を志願する若者が減りつつあることは残念なことです。教師という仕事は、子どもの発達段階の人格形成において極めて重要な役割を果たし、人の一生の幸せの根幹を作るといっても過言ではありません。日本では学校を卒業した後も「先生」として慕われ続けます。そんな誇りある教師の務めを、やりがいをもって十分に果たせるような学校の勤務環境作りが求められていると考えます。
かつて、日本の課題の一つとして学校における「ICT(情報通信技術)」の環境整備の遅れがありました。コロナ禍前にはOECD先進国の中でも遅れをとっていましたが、「GIGAスクール構想」という、子ども一人につき1台の端末と、高速大容量の通信ネットワーク等のICT環境を各学校に整備する計画が策定され、2020年度から本格化されました。当初は予算の関係もあり、5年かけて計画を進める予定でしたが、先のパンデミックをきっかけにして、わずか2年で全ての学校への普及がなされました。

「GIGAスクール構想」により小・中学校では子ども一人につき1台端末を使用している。
日本の国民は、子どもの教育に対する理解度も関心も高いですから、予想以上のスピードで課題が解決されたことは、社会の意識が具現化された結果といえるでしょう。この事例に、日本の社会の頼もしさと教育の底力を感じずにはいられません。
このように様々な課題がある中、子ども一人ひとりの思いやペースに適した学びのあり方を考える機運が高まり、子どもが心を動かしながら、学ぶ対象と深く関わる学びの実装が求められるようになりました。どの子どもにとっても、また教師にとっても、ウェルビーイングの概念は尊重されるべきで、皆にとって愛着が感じられる学校とはどうあるとよいかを問いながら、時代の変化に即した教育環境づくりに取り組んでいくことを期待しています。
1. 身体的・精神的・社会的に良い状態にあること。短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの将来にわたる持続的な幸福を含む概念。
2. 学力やIQなど数値で測れる能力のことを認知能力とするのに対し、忍耐力・社会性・自尊心といった数値で測定することが難しい能力。
By TAKADERA Kuriko
Photo: AKITA Kiyomi; PIXTA
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