このほど開催された旅行テックの国際会議「WiT Japan 2026」では、「The Next20(次の20年)」をメインテーマに、業界や業種の枠を超えた60人のキーパーソンが登壇し、AIがインフラ化する時代の旅行ビジネスについて意見を交わした。参加者は、25カ国・地域から約250人。 旅行テックの進化から、日本というデスティネーション、人間ならではの価値、旅行・観光・体験の意味に焦点を当て、AI時代の成長や競争力、差別化を議論した。2日間の会期中に展開された注目のトピックを紹介する。

日本マーケットの現状と予測、AIの浸透度は?

まずは、フォーカスライトのリサーチマネージャー、コニー・ドングレ氏が、日本の旅行市場の現状と展望をデータで提示した。

同社の調査によると、2025年の日本の旅行予約総額は前年比7%増の14.1兆円となり、2029年には16.3兆円まで成長すると予測した。2025年のオンライン予約比率は58%で、そのうちサプライヤーの直販(56%)が半分強を占めた(OTA経由は44%)。また、96%の人が、今後12カ月以内の旅行を予定しているという。

この需要をどのように取り込めばいいのか?

ドングレ氏は予約をめぐる旅行者の行動に、ソーシャルメディアとAIが大きく影響していると指摘した。旅行者は、SNSや動画、生成AIなど複数の接点を行き来しながら旅行先や旅行を検討している。旅行会社や観光事業者にとっては、単に予約導線を整えるだけでなく、旅行者が着想を得る段階から、いかに見つけてもらうかが重要になっている。

フォーカスライトのリサーチマネージャー、コニー・ドングレ氏ソーシャルメディアに関しては、インスピレーションを得る場から意思決定の場へと変化しており、旅行計画での利用率は79%。62歳以上のシニア世代でも64%に上る。68%の人が、旅行の意思決定の根拠としている。さらに、ドングレ氏はTikTokが旅行予約「TikTok Go」を日本でも開始したことも紹介し、「(TikTokが)重要な流通チャネルになった」と説明した。

さらに、「重要なシグナル」と紹介したのが、AIだ。旅行計画や旅行中のサポートなどでAIの利用経験がある人は33%で、Z世代では50%にのぼる。ただし、利用の主流はChatGPTなどの独立型のAIプラットフォーム(62%)や検索エンジン内のAI回答(55%)で、旅行サービス内のAI利用率は低い。ドングレ氏は「企業の対応は旅行者の動きより遅れている。今すぐ対応しなければ競争力を失う」と警鐘を鳴らした。

フォーカスライトのスライドより:旅行で使用したAIサービスの内容

旅行予約のAI活用は「信頼」がカギ、先行企業には成果も

一方で、AIによる旅行予約には、まだ壁がある。

AI時代におけるデータの重要性をテーマに登壇したOAGのCEO、フィリップ・フィリポフ氏は、66%の人が「AIの予約代行を信頼したくない」と回答した調査結果を共有した。AIは法律文書の引用で約30%の誤りがあるというデータも示し、消費者はAI活用に対して「信頼の問題を抱えている」と指摘した。

ただし、これらの問題がクリアされれば、旅行予約でのAI活用は急伸するようだ。

実態を示したのは、Trip.comのAIトラベルアシスタント「TripGenie(トリップジーニー)」の開発責任者、エイミー・ウェイ氏だ。

Trip.comは3年前から、同社アプリでTripGenieを提供しており、AI経由の予約数が前年比400%増加したという。ウェイ氏は「ユーザーのやり取りの約6割が予約関連。TripGenieに対する信頼を表している」と自信を見せた。3月にはAIエージェント機能を追加しており、48時間以内のコンバージョンレートが6.8%に達したという。

また、旅行中の利用も多い。飲食店のメニューといった翻訳機能などの利用は約300%増えた。「AIは旅のパートナーになってきた。旅の様々なマイクロモーメントで、AIにアドバイスを求めるようになった」と強調した。

Trip.comのシニア・プロダクト・ディレクター、エイミー・ウェイ氏(左)、WiT創業者のイェオ・スーフン氏(右)AI時代に価値を生むのは何か

今年のWiTでは、日本の特性に目を向ける独自のサブテーマ(「Precision(精密さ)」「Reinvention(再発明)」「Quiet Power(静かな力)」も設定。AIがインフラ化する時代、日本の観光産業は何を強みにすべきか。国内外のキーパーソンが語ったのは「人間ならではの価値」だ。

日本経済と金融市場に精通するイェスパー・コール(WisdomTree Investments上級アドバイザー)氏は、日本の人口減少に触れつつ「少ないからこそ、発明が生まれる。日本で最も伸びているのはソフトパワーだ」と強調。ハローキティをはじめとするIPコンテンツはもちろん、ノンアルコール飲料では毎年平均1300の新商品が出るなど、日常の商品でもイノベーションを起こす力を評価した。また「AIやテクノロジーは誰でも買えるが、差別化を生むアセットは人であり、チーム」と指摘。「AIが普及するほど、そこへのモチベーションが重要」と話した。

グローバルOTAのCEOとしても注目されるアゴダのオムリ・モルゲンシュテルン氏も、日本が世界に示せる「静かな力」として、「美の感覚。完璧を追求する姿勢」をあげた。一方で、技術系出身の同氏は、スピード化するAI時代を勝ち抜くためには「失敗も必要」だとアドバイス。「完璧な製品を作るためには、誤っても早く立ち直る経験が必要」と語り「私は数々の失敗を経て今がある。それがなければ、完璧が何か知ることはなかった」と話した。

アゴダCEOのオムリ・モルゲンシュテルン氏(右)、WiT創業者のスーフン氏(左)
AIベースの時代に、事業者はどこで差別化を図るべきか。

過去にトリッピースを創業し、現在は食×体験ビジネスを手掛ける石田言行氏は、自身も仕事でAIを活用していることに触れながら「最終的な差別化は、リアルの体験」と言い切った。「メタサーチなどがAIに代替される傾向がみられるが、リアルな体験は残る。AIがどんどんリコメンドをするようになるからこそ、差別化された体験がより際立つ」と話し、コンテンツ作りに注力していることを強調した。

「創業者ストーリー」のセッションには、石田氏のほかボヤジン共同創業者のカンデルワル氏やカブクスタイルCEOの砂田氏も登壇。新テクノロジーを活用した取り組みの共有も2日間を締めくくる最終セッションでは、人に寄り添い、愛を育む家庭型ロボット「LOVOT(ラボット)」が登場。生き物のようなやわらかさと体温をまとわせたLOVOTは、購入から3年後も9割のユーザーが利用を続けているという。

デザインを担当したGrooveXの根津孝太氏は「テクノロジーで人を幸せにできるか。その答えを出したかった」と説明。ロボット開発は基本的に人間を目指す部分があるが、LOVOTは効率化や自動化の追求とは対極のものになる。同社社長の林要氏の「ロボット開発をすることは、人間を知ることだった」という言葉を踏まえ、根津氏も開発時は「人の心がどういう時に動くか、自分の心の中を見つめ続けた」と、エモーショナルな価値に向き合い続けたプロセスを明かした。

GrooveXのチーフ・デザイン・オフィサーの根津孝太氏のセッションでは、LOVOTも登壇。左はセッションの進行を務めた浅生亜也氏

ツーリズムと地域社会、これからの関係

「次の20年」を語る上で、向き合わなければならないテーマが「持続可能性」だ。特に「オーバーツーリズム」は、たびたび議論に上がった。登壇者が注目したのは、観光客の「数」ではなく、地域と観光の「関係性」だ。

日本の観光の再設計をテーマにしたセッションでは「『オーバーツーリズム』の言葉を見直すべき」との意見が出た。

アセント・パートナーズのマイク・バート氏は「米国オーランドのように、1つの市に年間7500万人が訪れる場所もある。日本に必要なことは、観光客数ではなく価値を測ること。観光客を地域のエネルギーやダイナミズムに変える視点だ」と話した。

「オーバーツーリズムと観光分散化」のセッションでは、具体的な対応策に焦点を当てた議論を展開。統計手法から広域での誘客、マインドセット別でのマーケティング、官民連携などまで及んだ。

EYストラテジー・アンド・コンサルティングのストラテジック・インパクト・パートナーである平林知高氏は、観光分散化を進める判断基準は、観光客の数ではなく「住民の感情」だと指摘。京都の混雑地域の裏で、観光客の来訪や消費を期待する商店もあることを共有した。その上で「住民が『観光客はいらない』と感じる状態がオーバーツーリズム」と考え方を再定義し、地域とのコミュニケーションの重要性を強調した。さらに、観光では、訪問先の地域の慣習やルールを十分に理解していない人々が訪れるのが常とし、「訪日客への教育も重要」と付け加えた。

日本の地方で自然体験を提供しているマイク・ハリス氏(キャニオンズ・最高リフレッシング責任者)は、地域が不満を持つ要因として、サービスインフラの供給不足や住宅価格の高騰をあげた。その上で「観光が地域にもたらす価値を、住民が理解することが重要」と話し、行政と連携した対策の必要性を指摘した。

オーバーツーリズムのセッションには、平林氏とハリス氏のほか、Airbnb Japanの森氏や、カタルーニャ観光局のラウル氏も登壇。地域や事業者側の見解や取り組みも聞かれた旅行の目的や動機、影響力をテーマにしたセッションでは、大都市や人気の観光スポットではなく、観光客が比較的少ない地域や穴場スポットを訪れる「アンダーツーリズム」という言葉も紹介された。

オーバーツーリズムの対義として語られる言葉でもあるが、シンガポールで環境保全型旅行プラットフォームを運営するジャシンタ・リム氏は、「私たちが扱う地域では、知名度がないために観光収入が得られず、自然環境や固有の文化が脅かされる場合もある」と説明。パーム農園開発が問題になっているボルネオ島の事例を紹介した。オランウータン保護のため、ガイドが観光収入を活用して周辺の土地を取得し、自然環境を守る取り組みが進められており、リム氏は「旅行をすることが、環境を守ることにつながる」と、観光の持つ力を強調した。

AIがインフラとなり、新たなテクノロジーが次々と登場する時代でも、地域に価値を生み出し、旅行者の心を動かすリアルの体験をつくるのは人間だ。WiT Japan 2026では、その価値をどう磨き、どう届けるか、それが次の20年の競争力になるとの方向性が示された。

ジャシンタ氏が登壇したセッションでは、成長するアジアの旅行プラットフォーム(Seek Sophie、HeyMax)やインフルエンサーが登壇

ガストロノミープロデューサーの柏原光太郎氏と、老舗旅館「湯主一條」の一條一平氏、生きづらさを面白さに転換するアート集団代表の西村史彦氏が、「心を動かす体験価値の設計」を語ったブッキング・ドットコムのリージョナルディレクター、ヌーノ・ゲレイロ氏は、トランザクションの38%が民泊などの代替的宿泊施設になっていることを共有起業家プレゼンでは昨年に続き、中堅事業者向け「イノベーターズ・ピッチ」も実施。トリプラCEOの高橋氏が、インバウンド集客サービス「Tripla Nexus」をプレゼンクルック(klook)のCCO、ウィルフレッド・ファン氏は、「SNSの力」をテーマに事例を紹介。広島に120名のクリエイターを投入し、3日間で3500万のインプレッションを獲得

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