貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究」プロジェクト

政策的不確実性―たとえば、Brexitやアメリカの保護主義―が国際貿易に与える影響について研究者や政策当局者を含め一般的関心が高まっている。政策的不確実性は、政府による将来実施される政策の不確実性を表す。それは、制度変化(WTOの譲許税率・貿易協定の締結・恒久通常貿易関係の付与・反ダンピング税率)や地政学的事象(Brexit、米中貿易戦争)などにより変動する(森川, 2025を参照)。しかし、こうした政策的不確実性が海外直接投資に与える影響に関する研究はまだ十分行われてきていない。

政策的不確実性が海外直接投資に与える影響に関する限られた先行研究では、我が国が締結している国際投資協定(International Investment Agreements: IIAs, 経済連携協定の投資章も含む)が対外直接投資に与える影響については検討されてきたが(Inada and Jinji, 2023, 2024)、それが対内直接投資に与える影響については検討されていない。特に、政策的不確実性が対日直接投資に与える影響を検討することは重要である。日本の経済規模に比べてその対内直接投資残高は極めて低い水準にとどまっており(カッツ, 2021)、何が対日直接投資の阻害要因になっているかを検討することは重要な政策課題であるためである。最近の研究では、機械学習や行動経済学的手法を用いた阻害要因の探求がなされてきたが(Tanaka et al., 2023)、本研究では異なる角度からこの探求に取り組むことにより、政策的不確実性が対日直接投資に与える影響を検討した。

本研究の特色は、この研究課題に段階的差の差推定(Stacked DID)の手法を用いて取り組むことである。この手法を用いる理由は、日本が締結したIIAsの相手国の中には二国間投資協定と多国間地域貿易協定(CPTPP)を段階的に締結している国があるからである。この段階的な締結が分析結果にバイアスをもたらすため、本研究では締結した時点でデータを整列させて締結が段階的にならないようにした。このようにバイアスを避けることで、二国間投資協定と多国間地域貿易協定から生じる政策的不確実性の効果を捉えることができる。

図:産業における留保に応じた潜在的な政策変化
図:産業における留保に応じた潜在的な政策変化

政策的不確実性の効果をより正確に捉えるため、我々はIIAsの内国民待遇と最恵国待遇に関するネガティブリストの留保に着目する。これら留保は図によって示される。横軸は時間を、縦軸は政策規制水準を表す。XはIIAの発効時点を表し、Xより上方向への移動は規制の強化を、下方向への移動は規制の自由化を意味する。実線は現状維持義務がある留保を表す。この留保に入った産業では協定が発効した時点よりも政府は規制を強化することができない。しかし、このことは規制をいったん自由化して、協定発効水準Xまで戻すことができることを意味する。破線は現状維持義務がない留保を表す。この留保に入った産業では協定が発効した後、政府は任意の規制を採用することができる。このことは規制をXと比べて強化も自由化もすることができることを意味する。最後に、点線はラチェット義務(注1)のある留保を表す。この留保に入った産業では自由化に向かう軌道を取ることが課せられる。このことは規制をいったん自由化すると、それは不可逆であり、規制する方向には戻すことはできないことを意味する。ところが、本研究で着目する対日直接投資に関するIIAsネガティブリストではラチェット義務が課せられてない。これが、ラチェット義務から生じる平均的効果(一次モーメントの効果)を排除しながら、不確実性効果(二次モーメントの効果)を正確に捉えることを可能にしてくれるのである。

分析では1995~2019年を対象期間として、日本が締結して2019年末までに発効した27のIIAs・55ヶ国を対象に、政策的不確実性がグリーンフィールド投資によって設立された外資系企業の日本法人による対内直接投資の外延(新規設立・退出)と内延(出資比率・雇用・売上・研究開発集約度)に与える影響を検証した。分析の結果、現状維持義務のある留保に関する政策的不確実性は外資系企業の出資比率や雇用を減少させたことが分かった。ただし、効果の規模は必ずしも大きいものではなかった。一方、新規設立や退出には統計的に有意な影響を及ぼしているとは確認されなかった。こうした結果は、サービス業に関する外資系企業に対して保持されたが、製造業に関する外資系企業に対しては保持されなかった。上図と整合的に、現状維持義務のない留保に関する政策的不確実性は、現状維持義務のある留保に関する政策的不確実性よりもアウトカム変数に対してより大きな影響を与えているようであったが、必ずしも統計的に有意な影響を及ぼしているとは確認されなかった。

本研究から得られる含意は次の2点である。第一に、政策的不確実性は、Inada and Jinji(2023, 2024)では主に開発途上国に対する対外直接投資の外延に影響を与えていたが、本研究では日本に対する対内直接投資の内延に影響を与えていたことが分かった。これは日本における長期の政治的安定性が対日直接投資の外延ではなく内延に不確実性効果の重心を移動させた可能性を意味していると考えられる。分析対象期間には政権交代のあった時期も含んでいるが、この政治的安定性が外国の投資家に対して政策的継続性を見通させるものになっていると窺われる。

第二に、政策的不確実性は製造業で影響がなかった一方、サービス業で対日直接投資の阻害要因になっている可能性があることが分かった。これは本研究の新たな発見である。この発見から、外国の投資家から見て、日本の製造業に対する政策的不確実性はあまり大きくない一方で、日本のサービス業には少なからず政策的不確実性があるということが分析から示唆される。サービス業が先進経済の中心であることから、サービス業における政策的不確実性を取り除く政策は、対日直接投資の促進に重要であると言えるであろう。

ただし、日本は対内直接投資について他の先進国と異なる特徴を持つ国であるため、本研究の一般化のためには、さらなる研究が必要であることに注意されたい。

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