絵画、ガラス、陶芸─さまざまな表現を模索するなかで、転機は唐突に訪れる。母が遺した貴重な布を、当時中学生だった娘が無造作に切り刻み、手提げ袋を作ってくれたのだ。「切っちゃったのか」という驚きとともに目に入ったのは、太い糸でザクザクと刺された、生命力に満ちたステッチだった。そこにあったのは、評価への欲ではなく、ただ「作りたい」という純粋な衝動のみ。その圧倒的なエネルギーを前に、沖は「私が求めていた表現はこれだ」と確信した。母が遺した針と糸、そして娘が示した野性的な衝動。ふたつの世代に挟まれた場所で、沖潤子というアーティストが覚醒した瞬間だった。
その原体験は、現在の彼女の制作スタイルにも色濃く反映されている。沖の制作には「下絵」が存在しない。「計画があると、どうしても予定調和を引き出そうとする癖が出てしまう」からだ。会社員時代に培われた整合性を求める思考は、アートにおいては足枷にしかならない。だから彼女は、布の上にいきなり針を落とす。彼女の作品には、「ぐるぐる」と呼ばれる螺旋状のステッチから始まるものが多い。中心から外へ円を描くように糸を走らせていく行為は、どんなに巨大な作品に挑むときも変わらない。「ここから始めていけば怖くない。少しずつ膨らんでいって、自分の形ができていく」。一針一針、物理的な時間を積み重ねていく刺繍は、彼女の思考のスピードと深くシンクロする。自身のなかに眠る「野性」を引き出す儀式であり、下絵を持たないからこそ到達できる、無垢な表現の境地なのだ。
そうして自身の時間を紡ぐ一方で、沖は女性たちが背負わされてきた歴史とも対峙する。森美術館で展示中の新作では、日本中から集めた糸巻きを鉄格子に閉じ込めた。そこには、針仕事が女性の救いであり、呪縛でもあった二面性が込められている。「母はどんなに辛いことがあっても、針を持つと心が落ち着くと言っていました」。鉄格子の中の糸巻きは、家父長制が根付く社会において押し殺された女性たちの声であり、そこからの解放を試みる作家としての応答なのだ。

