ミラノ・コルティナ冬季五輪 スノーボード女子パラレル大回転 ( 2026年2月8日 )

8歳の時、マチュー・ボゼト(左)と出会い、指導を受ける三木つばき(両親提供)
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スノーボード女子パラレル大回転で2大会連続出場の三木つばき(22=浜松いわた信用金庫)は、8歳の若さで競技人生の大きな岐路を迎え、オリンピアンへの道を突き進んできた。
2011~12年シーズン、小学校に上がるまで暮らしていた長野県白馬村に、10年バンクーバー五輪の男子パラレル大回転で銅メダルを獲得したマチュー・ボゼト(フランス)が来訪。デモンストレーションランを見て、目を輝かせた。
「私もあんなふうに速く滑りたい」
わが子の言葉を聞いて、父・浩二さん(50)は、内心ドキドキしていた。「お金がかかるし、食べていけなくなる。正直、やめてくれと思った」。元々はスノーボード好きが高じて仕事を辞め、白馬村へ移って06年には技術戦で日本一になったほどの腕前だった浩二さん。長女の三木に板を履かせたのも自身だったが、本気で取り組めば取り組むほど、家計が火の車になるのは目に見えていた。
愛娘の興味の対象を何とかスノーボードから逸らそうと、母・志保子さん(50)と共に策を講じた。陸上や自転車、柔道にカヌーと他競技を半ば強制的に習わせたが、冬の足音が近づくと、「今年もスノーボードをやるからね」と宣言された。「分かった。じゃあ小学校卒業までは協力する。その代わりにプロになりなさい」。雪のない静岡県掛川市に住みながら、どうしたらプロになれるのか。浩二さんが逆算して考えた結果が、冬季100日間に及ぶ山ごもりだった。
「12月から3学期が終わるまで、掛川には帰らない。最初の年は白馬村の民宿に預けて、ひたすら滑らせました」。2週間に1回は白馬まで浩二さんと志保子さんのどちらかが様子を見に行くが、民宿とは言え、小学校3年生の子供を一人暮らしさせる親は多くはないだろう。翌年は長野県上田市の菅平高原のチームに入れてもらい、こんどは寮で一人暮らしをさせた。わが子を千尋の谷に落とす獅子のような、親としても強い覚悟が必要だった。
「結構忘れっぽい性格なので、つらいことがあっても、1日、2日経つと忘れてました」。親の心配をよそに、三木自身の決意は固かった。見事にプロになった小6までの4年間で、「帰りたい」と思ったのは1回のみだったという。「ナイターの雪山で遭難しちゃって、雪に埋もれて…。パトロールの方が見つけてくれたんですけど」。あっけらかんと語るが、一つ間違えれば命を落とすほどの出来事があっても、再び山へ向かった。
「最初は門前払いです。この親、何言ってるの?と思われていたでしょうね」。小3の娘を1人雪山へ向かわせた両親に、世間の目は冷たかった。学校には授業代わりの課題を出してもらえるように依頼しても、聞き入れてもらえなかった。浩二さんは意を決して掛川市の教育委員会へ。すると五輪を目指す親族がいるという職員の理解を得ることができ、学校の対応も次第に変わったという。最初は冷たかったクラス内の視線も、大会などで結果を出すに連れて、温かくなっていった。
昨シーズンのW杯で3冠を達成後、浜松市内のホテルでスポンサー企業関係者らを集めて行った報告会。三木は「今回、こうした結果を持ち帰ることができて、諦めないことの大事さを、伝えることができたら凄くうれしいと思う。本当に感謝してもしきれない」と話すと、大粒の涙をこぼした。雪の降らない静岡から、スノーボードで五輪の頂点へ。8歳で固めた決意を、実現する舞台は整った。
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