秋山黄色が連続コラボシリーズをスタートした。

第1弾は、2025年8月25日にリリースした秋山黄色×100回嘔吐による「ネイルイズデッド feat. 100回嘔吐」。
和ぬかやずっと真夜中でいいのに。など、様々なクリエイターとの共作やアレンジを手掛けるボカロP、100回嘔吐とのコラボレーションが実現した今作では、秋山黄色が作詞作曲を行い、100回嘔吐が大胆にロックアレンジを施した。そこで、秋山黄色自身に本作への挑戦に至った経緯、制作過程のエピソードを聞いてみた。

 

取材・文:ふくりゅう(音楽コンシェルジュ)

 

自分だけでやっているということを一生やってしまうと、きっと出会えない世界を見落としていくだろうなと思って

 

――100回嘔吐さんとのコラボレーションは、どのようなきっかけがあったのでしょうか。

これまで、1年に1回フルアルバムを出すというルーティンを繰り返していて。とはいえ、明確に“そうしよう”と決めていたわけではないのですが、自然と1年に1回アルバムを出して、1年に1回ツアーをやり続けてきたんです。そこで、もうちょっとペースを上げて作品リリースを小出しにできないかなという発想があって。だったら、EPみたいに、フルアルバムのボリュームを半分にしたものを年に2回出すというのも、聴いてる側も楽しいのかなと思いまして。そんなことをスタッフと会議で話しました。とはいえ、“現実的に2倍アートワークを作るのか”とか、“ツアーの日程はどうしよう?”ということで、まだ定まってはいないんですけど。そんな発想で、アルバムという本筋から離れたものを実験的にやりたくなったんですよ。

 

――なるほどね。

そこで、“他人とコラボする作品をEPとして1枚を出してみるのはどうだろう”っていうアイディアへと繋がって。“じゃあ、誰とやってみたかな?”みたいな、想像が膨らんだ一人が100回嘔吐さんでした。 

 

――100回嘔吐さんの曲は、いろいろとお聴きになっていたんですか。

僕としては、アレンジで参加されている和ぬかのイメージでした。1回対バンしていますね。僕は、普段は自分でアレンジまでやるんです。それは、自分目線で自分のスキル的に何がスムーズで、そうではないのかみたいな考えがあって。なので、嘔吐さんは親和性がありつつも、メイン楽器も違うっていうことで、合うんじゃないかというイメージが、和ぬかアレンジ楽曲からきていますね。

  

 

より自分が楽しくなるためにも、必要なプロセスなのかなと感じています

  

――普段は、サウンド面まですべて手掛ける秋山黄色なので、アレンジを他人に任せるのは思い切りましたよね。

そうなんです。でも、今までも演出家さんがチームに入ってライブのいろいろなことをやってくれたり。それこそ、デザイナーさんとアートワークのお仕事をしていくと、逆行も逆行なんですけど、よりひとりになりたい感覚が強くなっていくというか。プロフェッショナルな技術が自分のものになって、最終的にひとりに収束していきたい、みたいな……。

  

――めっちゃアーティスティックな考え方ですね。

ネガティブな言葉では全く無いんですけどね。“そもそも俺はそうだから”っていうことの道筋として、自分だけでやっているということを一生やってしまうと、きっと出会えない世界を見落としていくだろうなと思っていて。今回、一緒に嘔吐さんとやってみて、データのやりとりやミックスだったり、普段無い仕事上のやりとりが発生していくんですけど、その1個1個で“こういうふうに考えて、こうアレンジしてるんだ”みたいなことを、1度一緒にやっただけでいろいろ勉強できたというか。このやりかたが自分で出来たら、さらに強固になれるなという意識があるので。

 

 ――スポンジのようですね。
お客さんの反応に対しての恐れはあるんですけど。人とやってイメージがどうなんだろうみたいな。僕自身、ひとりでやっていたクリエイターが誰かとコラボして、けっこうガッカリしたこととかもあったので……。“ひとりでやっててほしかったな”、みたいな。そんな恐れはもちろんあるんですけど、僕自身はそういうのを何回も経験しましたから。なので、より自分が楽しくなるためにも、必要なプロセスなのかなと感じています。

 

 ――秋山さんはロック色のイメージが強くありますが、100回嘔吐さんのようなネットカルチャーよりの人々との親和性もあったのでしょうか。

僕は周りから期待されるのが、ギターロックであったりバンド曲と言った出力なんですけど。いわゆる音色やジャンルについては垣根がないタイプなんです。もっというと、そういう部分がニコニコ動画のジャンルレスであった、あの場所の影響なのかなと思っています。いろんなものを“楽しそう!”と思えたので。根っこの部分はそこなんだと思っています。

 

最初のタイトルは本当は「ネルイズデッド」だったんです

 

――世代感もありますよね。いい話だ。ちなみに、新曲の「ネイルイズデッド」は、どのようなきっかけから歌詞における言葉世界が広がっていきましたか。

最初のタイトルは本当は「ネルイズデッド」だったんです。

 

――えっ、そうだったんですね。おもしろいなあ。

睡眠って死んでいる状態に近いなと思って。僕は基本的に生き死にを歌で書いているんですけど、その飛び越えかたというか。今回、嘔吐さんとやるということで、リスナーの幅はちょっと変わると思うんですけどね。そんな新規の人たちに対しても、自分の深淵的なセカイを見せたいと思って、「ネルイズデッド」だったんです。でも、それはそれだけでは意味がないというか。コラボにただ乗りしているだけというか。かなり自己満足な感じがして。

 

――自己欺瞞? いや、ほんと深く考えていますね。

作品の裾野というか、矛先を広げていくためにはどうすべきかを考えました。書きたいのは、孤独の部分だったり“わかり合えないんだ”みたいな道筋で話したいんです。これがコラボということの意味を考えたときに、映画『シザーハンズ』を思い出して。主人公が、彫刻家みたいなんですよ。改造されて手がハサミみたいなっていて。なので、好きになった人と手を取り合えなかった自分みたいな。

 

――ああ、そういったイメージなんですね。抱きしめたら殺してしまう。

自分がクリエイターとして他人と共生できなかった部分というか、新たに他人とコラボしてみようというときに、時に変化というのは付いてきた人を振り落としてしまう可能性があるので。そんなリスクを覚悟しないと、他人と曲を作っていくというのは難しいんですよ。基本的にはわかりあえないかもしれないけど、コミュニケーションには痛みが絶対に付きものなので。いつもの歌詞世界で書きたいことから、一歩踏み出すことにおける意気込みというか。結局、気合でしかないみたいな。そんな2つを上手い具合にやろうというときに、ちょうど僕がネイルをしているということもあって。ライブで激しい演奏になると、ネイルがズタズタになっていくっていう。『シザーハンズ』のハサミがネイルと重なって、新しい人に対しても、ちゃんと聴かせられる歌詞として「ネルイズデッド」が「ネイルイズデッド」に変わったっていう。最初からこの曲をドーンと思いついたというよりは、作りながら徐々に変化していった感じなんです。ちょっと迷走しましたけどね。言葉遊び的にも高度というか。仕上がったかなとは思いますけど。

 

――なるほどねえ、「ネイルイズデッド」ってどういうことなんだろうと思っていました。

リリースしてから、けっこう友達にも言われるんですよ。「ネイルイズデッド」って、どういう意味なのって (苦笑)。

 

聞かれれば答えられる状態のものしか世に出さないという。ちゃんとそんなこだわりを持って書いています

  

――お話を聞いていると、すべてが繋がっていきますね。

そうですね。最近は文章をブログに書いたり、コメントを求められたときに答えたり。僕の場合は完全に意味を通していて、決して投げやりな言葉ではないんです。ちゃんと聞かれれば答えますし、聞かれれば答えられる状態のものしか世に出さないという。ちゃんとそんなこだわりを持って書いています。

 

――コラボで刺激を受けつつ、さらに突き抜けていこうというのは素晴らしいことだと思いました。テーマに、シザーハンズが入ってるのがまたいいですよね。

ちょっと反則なんですけどね。それ言っちゃったのは。本当はそれを言わずとニュアンスしたかったんですけど。無理があるので書いてしまいました。

 

――さらに、〈I am 愛していることと / Eye 愛せているのかどうかは / 全く違うのに まったくもう〉の歌詞も素晴らしいですよね。

もともと言いたかったフレーズなんです。人付き合いで愛が伝わらないみたいなことってあるあるだなって。僕のこだわりとして、歌詞は2、3行で一撃で、そこだけ取り出しても人に刻めるようなラインを曲中に入れておきたいんです。すれ違いを強調する、愛のあるあるをわかりやすい普通の言葉で歌詞として遊び心を入れつつ表現しました。“愛しているの”と“愛せているの”という相手にとって重要な部分と自分にとって重要な部分を一撃で表せないかなみたいな。単純さというか、ロジックみたいなものって簡単なんだっていう表現をしたかったんだと思うんです。見えかたの違いだよ、みたいな。だいぶ最初の段階からあった歌詞ですね。

 

――これが最初からドーンときて、突き刺さりました。

サビにも持ってきてるんですけど、最初はちょっと違うサビで。もう少しだけ、いつもっぽい勢い重視な部分があったんですけど、もう1回くらいいっとこうという勢いですね。

 

 

 

実は嘔吐さんなんです。一瞬俺なんじゃないかって思えるレベルの

 

――印象的なギターリフは、どなたが担当者しているんですか。

そうなんですよ、実は嘔吐さんなんです。一瞬俺なんじゃないかって思えるレベルの。
 

――それは驚きですね。
僕としてはいわゆる、新しい一面を取り入れたいという気持ちでしたから。存分に嘔吐さんの手癖だったり、得意としている部分でガッツリ変えてもらいたいという気持ちであったんですけど。やっぱりプロなんだなぁ、という感じですね。発想を上回ってきました。

 

――狂おしいほどに感情とリンクしていく、めっちゃ上がるギターフレーズですよね。 

やっぱりそうなんだぁって。人とやる変化っていうのが結局いい意味で僕らしさに寄ってはいるんですけど、その事実ってむしろ変更しないほうがいいなって思いました。

 

――アレンジ面やサウンド面で、どんなことを感じましたか。 

一番思ったのは、ビートの取り方があまり日本っぽくないなっていう。2、4のアクセントが重くて。日本人って、リズムの取り方の民族性というか。表拍で手拍子を打ちがちじゃないですか? よくネットで記事になったりしますけども。でも、この曲で頭拍で手拍子する人はいないんじゃないかなっていうくらい、バックビートの落としというか。重力が重めなんです。

 

 ――没入感高いです。

僕は、推進力の縦ノリというか。そんなモノづくりが多いので。嘔吐さんには、ちゃんと人間がスイングする感覚みたいなのがあるんだろうなって。リズムがずっと心地いいのは、本人のバックボーンとかあるんでしょうね。ちなみに、この曲のデモを作っているんですけど。たぶん本来は本伴奏とリズムと歌を送るべきなんですよ。でも、変な先入観を植え付けちゃうのって、いいことじゃないんだろうなと思いつつも、僕にはそれが不可能で。デモはデモで、ちゃんとフル作っちゃっているんですね。それと比べると、やっぱり僕のって表ノリで。よくも悪くもいつも通りという感じではあったので。聴き比べるとそういうことがわかったりするんです。ここまでダンサブルになるんだという驚きでした。

 

僕はネーミングセンス1本で食ってきてるので(笑)。さすがにそこはって感じですね

 

――嘔吐さんからアレンジが戻ってきたときは、刺激的でしたか 

そうですね。ボーカルレコーディングのときに、いつもと自分の落とすポイントが変わっていて“ここまで変わるんだ”みたいな。しっかりと掛け算になっているなと思いました。

 

――コラボシリーズとして、強力な1曲でスタートが切れましたね。

象徴する1曲になったと思います。

 

――秋山黄色曲は、毎回タイトルがまずカッコイイですからね。曲ももちろんだけど。

僕はネーミングセンス1本で食ってきてるので(笑)。さすがにそこはって感じですね。

 
――今後、こういったコラボレーションの楽曲を、何作か出してシリーズ化していくということなんですか。

まずは本作を配信で出して。今後、ガッツリとコラボ曲が入ったEPをドーンと発表していきたいと思ってます。

 

――他の曲もスタートしているんですか。

進めておりますし、死にかけております(苦笑)。刺激は大いに受けますね。どうしても自分ひとりでなんでもやっている弊害は、こういう部分に出てくるというか。コラボだと担う作業が、やっぱり多くて。楽しいは楽しいんですけど。作業量がえげつないよなって感じですね。自分ひとりの楽曲って、思いつくまでが勝負みたいなところがあったりするので。

――EPに向けて、修業期間というか。次なるレベルアップに向けて、楽しみな作品作りがスタートしているという感じですかね。

そうですね。かなり気づきがあります。ちなみに、誤解なく言っておいきたいのが、本作もなんですけど僕は基本的にラブソングみたいなものはあまり書いていなくて。人間関係の中での愛とか。どうしても一対一の人間関係を書いていくと、そうなりがちなだけであって。失恋、喪失、別れみたいな曲はあるんですけど、失恋の部分って意外と関係ないというか。なので、ラブソングという風に曲を聴かれてしまうと、実は大幅に意味合いが変わってくるというか。本質的では無いんですよ、そこは。

 

「ネイルイズデッド feat.100回嘔吐」配信

「ネイルイズデッド feat.100回嘔吐」Music Video

Write A Comment