とらやの魅力、改めて。
8月下旬、手土産にもらったとらやの羊羹をきっかけに、海外駐在妻を名乗るユーザーがXでつぶやいた投稿が大炎上しました。
投稿の主旨は、「(とらやの羊羹が)高級なのはわかる。でも駐在者に絶対に喜ばれない土産ナンバーワン」「とらやの羊羹渡すなんて、自分は仕事できないバカです、と宣伝してるも同然」といった内容でした。
これに対して批判が殺到する事態となり、現在は書き込みは削除され非公開になっています。
一般人の投稿がここまで大きく注目された理由は、いったい何なのでしょうか? 今ではSNS上での気軽なつぶやきが大問題になる時代ですから、今回の炎上をきっかけにして、気づきや留意点をシンプルに整理してみようと考えました。
そしてもう一つは、食の専門家の立場として、とらやを愛するファンの一人として、とらやの真の魅力をお伝えしたくなりました。
私は投稿者について批評するつもりはありませんし、とらやの味を知らない人が必ずしも“育ちの悪い人”だとも思いません。この記事によって、今も進化を続けている「とらやの世界」を知るきっかけにしていただければうれしく思います。
◆食をきっかけとした批判投稿は、大きな覚悟が必要
はじめに、炎上のきっかけになった投稿が多くの人々から批判を浴びてしまった理由について考察してみました。
おそらく反撃の根底にあるのは、多くの人が持つ“とらやとの思い出や経験”なのではないかと、私は考えます。
大切な取引先への手土産として、とらやの羊羹を購入したビジネスマンはどれほどいるでしょうか? 仕事で失敗してしまい、お詫びの品として渡したことで、とらやに救ってもらった人。結婚相手の実家に初めて挨拶に行く手土産としてとらやの羊羹を選んだ人。お祝い事でとらやの和菓子を選んだ人。登山でとらやの小形羊羹に励まされた人……。とらやによって良い思い出を作ってきた人々は数知れません。
つまりとらやは、多くの人々の日常に寄り添い人生を温めてきてくれたと言っても過言ではないのです。ですからあの投稿は、投稿者本人の意図ではないにせよ、不特定多数の人生や気持ちを慮ることに欠けていたのかもしれません。
実はこれまでにも食を起点としたSNS上での炎上はたくさん起こっています。それらの多くに共通するのは、商品そのものに対する批判にとどまらず、食べる人々の気持ちや立場を脅かしていたという点です。
食はヒトとヒト、ヒトと社会をつなぐきっかけにもなり、ひとりひとりの食生活に深く関わっている。それゆえに公共の場で批判をする場合には、大きな覚悟が必要なのです。
さあここからは次の話に移りましょう。もっととらやを楽しみたい、まだとらやに縁がない、とらやの魅力がいまいち分からないという方に向けて、唯一無二の老舗和菓子店「とらや」の魅力を、私自身の体験とともにご紹介していきたいと思います。
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