全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。

【写真】もともと古いものや民藝品が好きで、店を開く前から少しずつ集めてきたもの

なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

引き戸の木目も印象的なファサード

九州編の第117回は大分県別府市にある「Cafe 一雨」。屋号と雨粒が小さく書かれた錆びた鉄の看板から、きっと情趣ある店なんだろうと想像が膨らむ。“いちう”という音の響きが優しく、どこか美しい。Instagramにはこんなことが書いてある。

「当店は小さな珈琲店です。1組1〜2名様、3名様以上はお断りしています」

静かなひと時を過ごすためにカフェに行く。そんな気分の時におすすめしたい「Cafe 一雨」の魅力を探る。

店主の池澤美香さん

Profile|池澤美香(いけざわ・みか)さん

大分県佐伯市生まれ。広島市と大分市でランドスケープデザイン、エクステリアコーディネーターとして長年働く。もともとコーヒー好きで、日々の喧騒からひと時でも離れる時間を持つことの大切さを実感。前職を辞め、湯布院のカフェで約3年働く。その後、「コーヒーを飲む時間を大切に」という思いを自分なりのカタチで表現する場所として、2022年6月に「Cafe 一雨」をオープン。

■ほどよく、ちょうどよく

イスやテーブルも古物を活用

別府駅からほど近い長屋のような建物の一角に店を構える「Cafe 一雨」。レコメンドしてくれた「日曜日の昼さがり」の店長・丁子さんのコメントから、きっとステキなカフェなのだろうと想像はしていたが、店に入る前から雰囲気のよさが伝わってくる。

【写真】もともと古いものや民藝品が好きで、店を開く前から少しずつ集めてきたもの

中に入るとイスやテーブルはもちろん、何気なく飾られた花器、什器など、すべてに思い入れを感じる。店内を流れる空気も穏やかで、すべてが“ほどよく”“ちょうどいい”。ステキなのはもちろん、なにも押し付けてこない自然な感じが心地よい。

そんな第一印象を受けたあと、店を営む池澤美香さんの前職を聞いて、この空間が生まれたことに納得した。

ゆったりとした空気をまとう池澤さん。話しているだけで不思議と心が落ち着く

「もともとランドスケープデザインを経て、エクステリアコーディネーターという戸建て住宅の庭をデザインする仕事を長年やってきました」と池澤さん。

店に入った時、なんとなく店の中と外に緩やかなつながりを感じたのは、そういった前職ならではの空間づくりが関係しているのかもしれない。

■お茶の時間が好きだから

ほんのりフルーティーさも感じるカプチーノ(650円)

まったく畑違いの業界にいた池澤さんがコーヒーの世界に飛び込んだ理由を尋ねると「もともと、お茶の時間が好きで」とふんわりとした答え。今までの環境をガラリと変えるとなると、相当な覚悟と強い意思が必要なイメージでいたが、実はそんなことないのかもしれない。

「もともと両親は、休日の午後に家族みんなで過ごすティータイムを大事にしていて。幼少期から私にとってはお茶の時間は日常でした。だからコーヒーが好きでしたし、エクステリアコーディネーター時代もほぼ毎日飲んでおり、おぼろげにいつかカフェをやってみたいな、ぐらいは考えていました。その後、いろいろな出会いがあり、前職を辞め本格的にカフェで働くようになりました。ただ、そのタイミングでコロナ禍になってしまい、すべてが予定通り、順調というわけではありませんでしたね」

コロナ禍におよそ3年カフェで働き、より自分の店を持つことが明確な目標になった。

■勇気を出して知らない世界へ

最大4組まで利用可。1名ないし2名での利用をお願いしている

最初に取りかかったのは場所選びから。もともと大分県佐伯市生まれで、長く大分市に暮らしていたが、自分があまり知らない街を選ぼうと別府市へ。

「実は大分市に住んでいる時、私にとって別府はミステリアスなエリアで、あまり足を運んだことがなかったんですよね。ただ環境を変える意味でも思い切って別府市に引っ越してきたら、とってもいい街で!人との距離感がちょうどいいんですよね。よそ者の私をしっかり尊重してくれる感じがあって、この街ならお店をやっていけるかもって思ったんです。あとはなにより毎朝温泉に入って、仕事ができるってステキすぎませんか?」と笑う池澤さん。

季節の花が店内を彩る

あえて知らない場所に飛び込んだことで新しい世界が開けるというのは、移住者も多い別府市ならではかもしれない。

■余白があった方がいい

レバー駆動のエスプレッソマシンというのも変わっている

コーヒーを柱に店をやることは決めていて、最初は福岡県うきは市にあるゼルコバコーヒーの豆を選んだという。

「大分にもおいしい自家焙煎のお店はたくさんあるんですが、うきは市の陶芸家・大村 剛さんの展示会で淹れてくださったコーヒーに感動したんです。大村さんのカップと、その時の空気感もあったかと思うんですが、すごく中庸なコーヒーだな、と感じました。それがゼルコバコーヒーさんとの出会いです」

店での抽出はエスプレッソマシンが基本

そんな出会いから開業当初はゼルコバコーヒーから豆を仕入れていたが、コーヒーを柱にする以上、自家焙煎にシフトしていきたいという考えは開業当初からあったそうで、現在はすべて自家焙煎に切り替えている。ただ、店のどこにもその旨は書かれていないし、SNSでも特別謳っていない。

池澤さんにその理由を聞いてみると、「焙煎に関して、まだ堂々と『焙煎してます!』と言えるほどの自信がないというのが正直なところ。同業の方たちにいろいろ教えていただきながら、日々勉強中です」と苦笑い。それでも池澤さんが大切にしているのは、どちらにも偏らない中庸なコーヒーであること。味わいの方向性は昔から一切ぶれていない。

エスプレッソをあとがけするコーヒーミルクジェリー(480円)。デザートは日替り

コーヒーの抽出はエスプレッソマシンのみ。そのエスプレッソマシンもレバー駆動モデルのイタリア、ラ・サンマルコ社の製品とちょっと変わっている。オートマチックではないため、豆の使用量、挽き目、タンピング圧の調整がシビアで、豆のエイジング具合などによって日々微調整をしている。とはいえ、その日その日で天気は違い、気温も湿度も違うわけで、なんでも多少ブレがあるのは当たり前。池澤さんはそれを“余白”と捉え、ブレさえも楽しんでいけたらという考え方でコーヒーと向き合っている。きっちり完璧じゃなくていいというスタンスもまた、伸びやかな時間を作り出す大切な要素かもしれない。

アメリカーノ(500円)

「コーヒーを飲む時間を大切に」という思いを自分なりにカタチにし、「日々の生活と生活の間(トランジット)のような場所になれたら」と話す池澤さん。幼少期から“お茶の時間”に親しみ、その日常生活をお茶の時間で一旦ストップすることの大切さを知っているからこその提案を表現しているのが「Cafe一雨」というわけだ。

空から降った雨が大地に染み込み川となり、海となり、やがて雲となる。そしてまた雨となって大地に降り注ぐ。そんな風にすべてにつながっている雨。

「てちてちと ふりはじめる 雨のように 珈琲を淹れましょう どうぞあなたに やさしい雨が ふりますように」

メニュー表に書かれたこのメッセージが「Cafe一雨」の想いを表している。

■池澤さんレコメンドのコーヒーショップは「nageia coffee」

「大分県竹田市にある『nageia coffee』さん。私がレコメンドする側なんて大変おこがましいのですが、本当にステキなロースタリーです。店主さんの人柄、店の雰囲気、流れる音楽、すべてが“静”なイメージ。浅煎りがメインのコーヒーはとってもクリーンです」(池澤さん)

【Cafe一雨のコーヒーデータ】

●焙煎機/フジローヤル半熱風式1キロ

●抽出/エスプレッソマシン(ラ・サンマルコ社)

●焙煎度合い/浅煎り〜中煎り

●テイクアウト/あり

●豆の販売/100グラム900円〜

取材・文=諫山力(knot)

撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)

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