2026年、PCハードウェア市場は未曾有の「メモリ危機」に直面している。AIデータセンターによる広帯域メモリ(HBM)の爆食により、標準的なDRAMやSSDの供給が逼迫し、ゲーミングPCの価格は前年比で20〜30%も上昇した。この異常事態の中、PCメーカー大手のHPが打ち出したのは、製品を売るのではなく「貸し出す」という、ゲーミングPCのサブスクリプションサービス「OMEN Gaming Subscription」だった。
ゲーミングハードウェアが「所有」から「利用」へシフトする背景
PCゲーマーにとって、最新のグラフィックス性能を維持するためのアップグレードサイクルは、常に大きな財政的負担となってきた。HPが米国市場で展開を開始したこのプログラムは、月額固定料金を支払うことで最新の「OMEN」や「Victus」シリーズを利用でき、かつ12ヶ月ごとに最新モデルへアップグレードできる権利を付与するものだ。
注目すべきは、これが単なる割賦販売やリースではなく、Netflixのような純然たるサブスクリプションモデルである点だ。どれだけ長期間支払い続けても、ユーザーがそのPCを所有することはない。
4つの提供プランとハードウェア構成

HPは、エントリー層からハイエンド層までをカバーする4つのティアを用意している。
ティア名対象モデル月額料金主なスペック(GPU/CPU等)Everyday GamingVictus 15″$49.99Ryzen 7 8845HS / RTX 4050 / 16GB RAMCool & QuietOMEN 16″$69.99Ryzen AI 7 350 / RTX 5060 / 16GB RAMImmersive ExperienceOMEN 17″$79.99Ryzen AI 7 350 / RTX 5060 / 32GB RAMHigh-end GamingOMEN MAX 16″$129.99Core Ultra 9 / RTX 5080 / 32GB RAM
すべてのプランには、24時間365日のテクニカルサポートと、故障時の翌営業日交換サービスが含まれている。
経済的合理性の検証:サブスクは「買い」か
多くの消費者が疑問を抱くのは、そのコストパフォーマンスだろう。最上位モデルの「OMEN MAX 16」を月額130ドルで利用した場合、約16ヶ月分の支払いで実売価格(約2,110ドル)に到達する。2年(24ヶ月)利用し続ければ、支払い総額は3,120ドルに達し、定価を大きく上回る計算になるが、それでもユーザーの手元に資産は残らない。
一方で、HPはこのモデルの利点を「減価償却のリスク回避」と「常に最新世代のGPUを利用できること」にあると主張している。2026年現在の半導体不足により、ハードウェアの価格変動が激しく、数年後のリセールバリューが不透明な状況下では、固定の月額料金で「ゲームをプレイできる権利」を担保することに価値を見出す層も存在する。
契約の「縛り」と解約リスク
このサービスには、30日間の試用期間が設けられており、その期間内であれば無料で返却・解約が可能だ。しかし、試用期間を過ぎると、最初の12ヶ月間は強力なキャンセルペナルティが課せられる。
例えば、最上位の「OMEN MAX 16」プランを契約し、2ヶ月目で解約しようとすると、1,430ドルのキャンセル料が発生し、さらにPC自体も返却しなければならない。この金額は、実質的に1年分の利用料を前払いさせる構造になっており、13ヶ月目以降になって初めて解約手数料が無料となる。
徹底した管理体制:BIOSとMDMによる「ロック」
「サブスクリプション」という性質上、支払いが滞った際のHP側の防衛策も強力だ。Redditでの議論によれば、これらのPCにはBIOSレベルの制限とモバイルデバイス管理(MDM)が組み込まれているとされる。万が一支払いが停止された場合、HPは遠隔操作でデバイスを無効化できる。これは一般的なOSのクリーンインストール(初期化)では解除できない強力なロックであり、ユーザーによるハードウェアの物理的な「持ち逃げ」や部品の転売を防ぐための措置だ。
市場の構造変化:なぜHPは「貸し出し」に舵を切ったのか
HPのこの動きは、単なる一企業のキャンペーンではなく、PC業界全体の構造変化を象徴している。
部品価格の高騰: 2026年のDRAM契約価格は第1四半期だけで90〜95%の急騰が予測されている。これにより、完成品のPC価格を上げざるを得ないメーカーにとって、サブスクリプションは「初期コストを下げて見せる」ための有効な手段となる。
リカーリング・レベニュー(継続収益)への移行: 売り切りモデルから、安定した月額収益を得られるサービスモデルへの移行は、株主からも高く評価されるビジネス戦略だ。
中古市場のコントロール: サブスク終了後に返却された機材をHP自身が回収することで、中古市場への供給を管理し、ブランド価値の毀損を防ぐことができる。
ユーザーは「自由」を買うのか、「所有」を捨てるのか
「OMEN Gaming Subscription」は、短期間だけ最高スペックが必要な学生や、常に最新のRTX 50シリーズを追い続けたい「アップグレード・フリーク」にとっては、初期投資を抑えられる合理的な選択肢になり得る。しかし、一つの機材を3〜5年と長く使い、最終的にフリマアプリ等で売却して次の資金にするという、従来の自作PCユーザーや節約志向のゲーマーにとっては、極めてコストの高いサービスと言わざるを得ない。
Amazon創設者のJeff Bezos氏がかつて予言した「将来、人々はハードウェアを所有せず、クラウドやレンタルを通じて利用するようになる」という未来は、2026年のメモリ危機を契機に、このゲーミングPCの世界でも現実のものになろうとしている。
PCゲーマーに課せられた次の問いは、「毎月130ドルを支払って最新の夢を見るか、それとも数千ドルを積み上げて自分の城(ハードウェア)を築くか」という、究極の選択である。
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