2025年11月、ゲーム業界は一つの大きな熱狂に包まれた。Valveがかつての野心的な試みであった「Steam Machine」を、現代のテクノロジーとSteamOSの成熟を武器に復活させると発表したからだ。しかし、2026年2月、その期待に冷や水を浴びせるような報告がもたらされた。

Valveは自社のハードウェアニュースハブにおいて、新型PC「Steam Machine」、スタンドアロンVRヘッドセット「Steam Frame」、そして新型「Steam Controller」の発売計画および価格設定を再考せざるを得ない状況にあることを認めた。その元凶は、皮肉にも現在のテクノロジー界の救世主とされる「AI」にある。

生成AIブームに伴うデータセンターの爆発的な需要が、ゲーミングハードウェアに不可欠なメモリとストレージの供給を圧迫し、深刻なコンポーネント危機を引き起こしている。本稿では、Valveのハードウェア戦略を根底から揺るがしているこの危機の詳細と、発表された最新デバイスの技術仕様、そしてゲーマーが直面することになる新たな現実を見てみたい。

AIデータセンターがゲーマーから「メモリ」を奪う構造

Valveが直面している問題は、単なる物流の遅延ではない。半導体市場の構造的な変化が、コンシューマー向け製品のコストを押し上げているのだ。

これまでに何度もお伝えしているように、DRAMおよびNANDフラッシュメモリのメーカーは、現在、生成AI用のデータセンター向け生産に全力を注いでいる。AI学習に不可欠な高帯域幅メモリ(HBM)や高性能DDR5メモリ、大容量SSDの需要が天文学的に増加した結果、一般消費者向けの供給が後回しにされている。

具体的には、DDR5 RAMの価格は昨年比で300%という驚異的な上昇を記録しており、SSDやGPUの製造コストにも波及している。これにより、PC全体の価格がRAM不足の影響だけで約20%上昇する可能性があると指摘されている。

Valveは当初、2026年第1四半期(3月まで)のリリースを視野に入れていたが、このコンポーネント不足の「急速な深刻化」を受け、発売時期を「2026年上半期(6月末まで)」へと実質的に延期した。AMDのLisa Su CEOは、決算説明会で「ValveのSteam Machineは年初に出荷される予定だ」と強気の姿勢を見せていたが、Valve側の公式発表はそれよりも慎重なトーンへと変化している。

「逆鞘」を拒むValve:1,000ドルの壁を越えるPCコンソール

(Credit: Valve)

ゲーマーにとって最も懸念されるのは、その販売価格だ。Valveはこれまで「Steam Deck」において、ハードウェアを低価格で提供し、ソフトウェア(ゲーム販売)で利益を回収する戦略をとってきた。しかし、Steam Machineにおいてはその方針を適用しないことを明言している。

Valveのエンジニアは、Steam Machineが「コンソールのような補助金(サブシディ)」を受けず、同等のスペックを持つゲーミングPCに近い価格設定になると述べている。RAMやストレージの価格が急騰する前、初期の予測では800ドルから1,000ドル程度とされていた。しかし、現在の状況下では、ベースモデルですら1,000ドルを超える可能性が現実味を帯びている。

これはPlayStation 5 ProやXbox Series Xを大きく上回る価格であり、コンソールとしての競争力に疑問符が付く。Valveがこの「PC価格の現実」と「コンソール市場の期待値」のギャップをどう埋めるのか、あるいは強気な価格でプレミアム市場を狙うのか、その判断が注目されている。

Steam Machineの技術的野心:4K/60FPSへの挑戦と課題

価格と発売日の不透明さが増す一方で、Valveはハードウェアの性能に関する詳細をいくつか明らかにしている。

AMD FSRと「Redstone」への期待

Steam Machineは、AMDのセミカスタムチップを搭載し、リビングルームでの「4K/60FPS」ゲーミングをターゲットとしている。特筆すべきは、このパフォーマンスがネイティブ解像度ではなく、AMDの超解像技術「FSR(FidelityFX Super Resolution)」およびフレーム生成技術に大きく依存している点だ。

ValveはFAQの中で、大半のタイトルがFSRを活用することで4K/60FPSで動作すると主張している。しかし、搭載されるGPUのビデオメモリ(VRAM)が8GBであるという噂から、最新のAAAタイトルにおいてVRAM不足がボトルネックになる可能性を懸念されている。

これに対し、Valveはドライバーレベルでのアップスケーリングの最適化や、レイトレーシング・パフォーマンスの改善に取り組んでいる。また、現時点ではLinuxベースのSteamOSでサポートが不十分な「HDMI経由のVRR(可変リフレッシュレート)」への対応も進めており、TV接続時のティアリング防止や滑らかな描画を保証する構えだ。

ユーザーによるアップグレード性

Valveがコンソールメーカーと一線を画す点は、デバイスの「開放性」にある。Steam Machineは、以下のコンポーネントがユーザー自身で交換・アップグレード可能であることが明言された。

ストレージ: NVMe 2230または2280 SSDをサポート。

メモリ: DDR5 SODIMMスロットを搭載。

外装: フェイスプレートのCADデータが公開される予定で、サードパーティ製パーツによるカスタマイズが可能。

これは、初期投資を抑えてベースモデルを購入し、後にメモリ価格が安定したタイミングで増設するという、PCゲーマーには馴染み深いスタイルを提示している。

次世代VR「Steam Frame」と新型コントローラーの役割

(Credit: Valve)

Steam Machineと同時に展開される「Steam Frame」もまた、メモリ危機の直撃を受けている。このスタンドアロンVRヘッドセットは、Valve Indexの後継を期待される野心作だ。

フォビエート・ストリーミングという革新

Steam Frameには「フォビエート・ストリーミング(Foveated Streaming)」という新機能が搭載される。これは視線トラッキングデータを活用し、ユーザーが見ている中心部のみを高解像度でPCからストリーミングする技術だ。これにより、ワイヤレス伝送に必要な帯域幅を劇的に削減しつつ、視覚的な品質を維持できる。システムレベルで実装されるため、ゲーム側の対応を問わず全てのソフトウェアで恩恵を受けられるのが強みだ。

また、眼鏡ユーザーへの配慮として、内部スペースの確保に加え、度付きレンズインサートの提供も検討されている。Valve Indexとの互換性についても、既存のベースステーションを直接サポートはしないものの、サードパーティ製アクセサリによる拡張の可能性を示唆している。

新型Steam Controller

(Credit: Valve)

新型の「Steam Controller 」も注目だ。Valveは、Steam以外のプラットフォームで購入したゲームであっても、Steamオーバーレイを介してこのコントローラーをフル活用できることを保証している。

PCゲーミングエコシステムの変質

今回の遅延と価格高騰は、単なる一企業のトラブルではない。それは、PCゲーミングとコンソールゲーミングの境界線がかつてないほど曖昧になり、同時に「コスト」という壁に直面していることを象徴している。

MicrosoftがWindowsをゲーム専用機のように振る舞わせる「ハンドヘルドモード」の検討を急ぐ一方で、Valveはハードウェア供給の不透明さに翻弄されている。もし、AIによるメモリ価格の高騰が数年単位で続くという予測(PCWorld報)が的中すれば、Valveは「高価な高性能機」を少数の愛好家に売るニッチな戦略への転換を迫られるかもしれない。

かつてのSteam Machineが失敗したのは、OSの未熟さとハードウェアの統一感の欠如が原因だった。今回の復活劇では、OS(SteamOS)は完成されており、ハードウェア(AMDとの強力な提携)も申し分ない。しかし、皮肉にも「AIという時代の寵児」が、その足元を掬おうとしている。

Valveは、かつてSteam Deckでハンドヘルド市場を再定義したように、この供給危機の荒波を乗り越え、再びリビングルームの風景を変えることができるだろうか。その答えは、2026年上半期の後半、おそらく5月から6月にかけて下されることになるだろう。

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