フランク・ハーマン, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=3530573 / CC BY SA 3.0

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フランク・ジョセフ・ハーマン(Frank Joseph Herrmann, 1984年5月30日 – )は、アメリカ合衆国・ニュージャージー州バーゲン郡ラザーフォード出身のプロ野球選手(投手)。
右投左打。
千葉ロッテマリーンズ所属。
高校時代は、野球、アメリカンフットボール、バスケットボールをプレーしており、バスケットボールでは1年間で1000点を取るほどの活躍を見せていた。
ハーバード大学進学後は経済学を学びつつ、学内誌「The Harvard Crimson」のコラムの執筆もしていた。
インディアンス時代。
(2014年) 2005年、ドラフト外でクリーブランド・インディアンスと契約してプロ入り。
契約時、大学での研究が終わっていなかったため、契約後も大学に残って学業を続けていた。
2006年に傘下のA級レイクカウンティ・キャプテンズでプロデビューし、26試合に先発登板して4勝6敗、防御率3.90、89奪三振を記録した。
2007年はA+級キンストン・インディアンスでプレーし、26試合に先発登板して11勝5敗、防御率4.01、88奪三振を記録した。
2008年はA+級キンストン、AA級アクロン・エアロズ、AAA級バッファロー・バイソンズでプレーし、3球団合計で26試合に先発登板して11勝8敗、防御率4.14、104奪三振を記録した。
2009年はAA級アクロンとAAA級コロンバス・クリッパーズでプレーし、2球団合計で49試合(先発5試合は全てAA級)に登板して4勝4敗2セーブ、防御率2.95、62奪三振を記録した。
2010年AAA級コロンバスで開幕を迎え、27.1回連続無失点の好投が認められ、6月にメジャー初昇格を果たした。
6月4日のシカゴ・ホワイトソックス戦でメジャーデビュー。
この年メジャーでは40試合に登板して0勝1敗1セーブ、防御率4.03、24奪三振を記録した。
2011年は40試合に登板して4勝0敗、防御率5.11、34奪三振を記録した。
2012年は15試合に登板して勝敗なしの防御率2.33、14奪三振を記録した。
2013年は3月にトミー・ジョン手術を受けたため、全休した。
2014年はメジャーでの登板は無く、8月11日に自由契約となった。
この年はAAA級コロンバスで28試合に登板して1勝1敗、防御率6.37、30奪三振を記録した。
2015年はロサンゼルス・エンゼルス傘下のAAA級ソルトレイク・ビーズとピッツバーグ・パイレーツ傘下のAAA級インディアナポリス・インディアンスでプレーし、2球団合計で44試合に登板して4勝2敗1セーブ、防御率3.76、53奪三振を記録した。
オフにFAとなった。
2015年11月18日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ。
2016年は開幕を傘下のAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスで迎え、27試合に登板して6勝1敗、防御率1.72、31奪三振を記録した。
8月17日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした。
後は閉幕までメジャーに帯同。
この年メジャーでは14試合に登板して1勝2敗、防御率8.40、14奪三振を記録した。
2016年11月29日に東北楽天ゴールデンイーグルスへ入団することが発表された。
背番号は42で、ハーバード大学出身の選手がNPBの球団に所属する事例は、高橋ユニオンズにおよそ2か月間だけ所属したジェームズ・ドゥール以来2人目。
2017年には、勝ちパターンのセットアッパーとして、一軍公式戦56試合に登板。
3勝1敗33ホールド、防御率2.72という成績で、チームの4年ぶりクライマックスシリーズ(CS)進出に貢献したほか、CSでは通算3試合の登板を無失点で凌いだ。
その一方で、オープン戦からレギュラーシーズン序盤の試合までは、ボークを取られる場面が続出。
登板を重ねるにつれて改善されたものの、レギュラーシーズンでは、パシフィック・リーグ最多の4ボークを記録した。
2018年には、前年に続いて、セットアッパーとしてシーズンをスタート。
クローザーの松井裕樹が不調に陥ったことを背景に、5月中旬からは、松井…

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