コーリー・スパンジェンバーグ, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=3078925 / CC BY SA 3.0
#アメリカ合衆国の野球選手
#ドイツ系アメリカ人の野球選手
#在日外国人の野球選手
#サンディエゴ・パドレスの選手
#ミルウォーキー・ブルワーズの選手
#埼玉西武ライオンズ及びその前身球団の選手
#在日アメリカ人のスポーツ選手
#ペンシルベニア州ラッカワナ郡出身の人物
#1991年生
#存命人物
コーリー・ジョセフ・スパンジェンバーグ(Cory Joseph Spangenberg, 1991年3月16日 – )は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州ラッカワナ郡クラークス・サミット出身のプロ野球選手(外野手)。
右投左打。
NPBの埼玉西武ライオンズ所属。
愛称はスパンジー(Spangy)。
A+級レイクエルシノア時代 (2012年6月3日) 2011年のMLBドラフト1巡目(全体10位)でサンディエゴ・パドレスから指名され、プロ入り。
2012年は傘下のA+級レイクエルシノア・ストームでプレーした。
2013年はAA級サンアントニオ・ミッションズでプレーした。
2014年もAA級サンアントニオでプレーしていた。
7月にテキサスリーグの月間最優秀選手に選出された。
9月1日にメジャーに昇格し、同日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦にて「8番・三塁手」で先発出場してメジャーデビューした。
翌2日の同カードでは9回に代打で登場し、ブラッド・ジーグラーからサヨナラとなるメジャー初本塁打を放った。
20試合に出場し、打率.290、2本塁打、9打点、出塁率.313を記録した。
2015年は開幕をメジャーで迎えた。
6月にジェド・ジョーコの不調のより二塁手として出場することが増えたが、6月27日のダイヤモンドバックス戦で相手選手のスライディングで左膝を負傷し、8月中旬まで故障者リスト入りした。
108試合に出場し、打率.271、4本塁打、21打点、出塁率.333を記録した。
2016年は大腿四頭筋を損傷したため、わずか14試合の出場に終わった。
打率.229、1本塁打、8打点、出塁率.302を記録した。
2017年のスプリングトレーニングで三塁手にコンバートされた。
開幕後はAAA級エル・パソ・チワワズに配属されたが、4月25日にメジャー昇格。
ヤンガビース・ソラーテが三塁から遊撃にコンバートされたこともあり、オールスター以降は正三塁手として定着した。
自己最多となる129試合に出場し、打率.264、13本塁打、46打点、出塁率.322を記録した。
また、このシーズンは左翼手として32試合に出場した。
2018年は開幕をメジャーで迎えたが、成績を維持できず、メジャーとマイナーを行き来した。
前年からは成績を落としたものの116試合に出場し、打率.235、7本塁打、25打点、出塁率.298を記録した。
しかし11月20日にDFAとなり、21日にFAとなった。
2019年1月4日にミルウォーキー・ブルワーズと120万ドルの単年契約を結んだ。
開幕は傘下のAAA級サンアントニオ・ミッションズで迎えた。
5月14日にDFAとなり、16日に再びAAA級ミッションズ所属となった。
マイナーでは113試合に出場し、打率.309、14本塁打、62打点、出塁率.378を記録した。
8月24日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした。
以降はユーティリティープレイヤーとして32試合に出場し、打率.232、2本塁打、10打点、出塁率.277を記録した。
11月1日にAAA級ミッションズ配属となった。
2019年12月6日にショーン・ノリンと共に埼玉西武ライオンズと契約した。
年俸8000万円で背番号は「22」。
登録名は姓の「スパンジェンバーグ」をそのまま使用し、9文字で日本プロ野球史上最長となった。
2020年は開幕前の練習試合で結果を残し、「1番・左翼」で開幕オーダーに名を連ねる。
6月23日の福岡ソフトバンクホークス戦の2回裏にマット・ムーアから来日初本塁打となる満塁本塁打を記録した。
最終的に111試合に出場し、本塁打は山川穂高に次ぎチーム2位、リーグでも9位タイの15本、三塁打はリーグトップの8本、二塁打もリーグ3位の26本を放つなどし、打率.268、OPSはチームトップでリーグ9位の.807、打点も山川、栗山巧に次ぐチーム3位の57打点を挙げた一方、三振が2位浅村栄斗(楽天)より39も多い両リーグトップの150、四死球も36で、出塁率は.326にとどまった。
2021年は外野手から内野手登録に変更された。
内外野守れるユーティリティープレイ…