山本泰寛, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=3349333 / CC BY SA 3.0

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#読売ジャイアンツ及び東京巨人軍の選手
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山本 泰寛(やまもと やすひろ、1993年10月10日 – )は、阪神タイガースに所属する東京都荒川区出身のプロ野球選手(内野手)。
右投右打。
妻は、毎日放送アナウンサーの辻沙穗里。
台東区立根岸小学校時代に荒川ジャンプで軟式野球を始めると、荒川区立諏訪台中学校では世田谷西シニアに所属。
当時は投手で、世田谷西シニア時代には全国大会での優勝を経験している。
慶應義塾高等学校1年時に投手から遊撃手へ転向すると、2年夏の全国高等学校野球選手権神奈川大会から正遊撃手に定着した。
この大会では、一二三慎太、大城卓三、田中俊太などを擁する東海大相模高校と準々決勝で対戦。
一二三から2安打を記録したが、チームは敗れた。
2年時の秋からは、投手を再び兼任。
3年時の神奈川県春季大会準決勝では、乙坂智、近藤健介、柳裕也などを擁して前年の第83回選抜高等学校野球大会に出場した横浜高校を破っている。
3年夏の選手権神奈川大会では、4回戦で日大藤沢高校と対戦。
1年生の金子一輝と先発で投げ合ったものの、4回の途中で降板を余儀なくされた末に、チームも敗れた。
野球部の同期生に谷田成吾、1学年後輩に加藤拓也(現姓:矢崎)がいた。
谷田と共に進学した慶應義塾大学では、1年時の春季から東京六大学のリーグ戦に出場。
2年時の春季から遊撃手のレギュラーに定着すると、3年時にはチームの春季リーグ優勝に貢献した。
副将を務めた4年時の秋季リーグ戦では、3本塁打を放った末に、遊撃手として在学中唯一のベストナインに選出された。
リーグ戦には通算78試合の出場で、打率.261(280打数73安打)、7本塁打、18打点、6盗塁を記録。
谷田以外の同期に横尾俊建がいたほか、2年時以降は加藤とも再びチームメイトになった。
2015年のNPBドラフト会議で、読売ジャイアンツから5巡目で指名。
契約金4000万円、年俸800万円(金額は推定)で入団した。
背番号は56で、横尾も北海道日本ハムファイターズからの6巡目指名を経て入団したが、谷田はどの球団からも指名されなかった(卒業後にJX-ENEOSへ入部)。
2016年には、5月1日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)9回表に、代打で一軍公式戦にデビュー。
この打席で、ルイス・ペレスから初安打を放った。
6月15日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(東京ドーム)を皮切りに、18試合で先発出場し、シーズンを通じて一軍公式戦27試合に出場。
さらに、チームがセントラル・リーグのレギュラーシーズン2位で進出したクライマックスシリーズ(CS)でも、横浜DeNAベイスターズとのファーストステージ2試合で先発出場した。
2017年には、チームのレギュラーシーズン最終戦であった10月3日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)で、一軍公式戦における初本塁打を秋吉亮からの満塁本塁打で記録した。
NPBの一軍公式戦で初本塁打を満塁で記録した日本人選手は史上59人目で、巨人では2008年の坂本勇人以来9年ぶりである。
一軍公式戦には29試合に出場。
2018年には、レギュラーシーズンの開幕を初めて一軍で迎えたが、短期間で二軍に降格した。
坂本と吉川尚輝が故障で相次いで戦線を離脱した夏場に一軍へ復帰すると、2人に代わって二塁手や遊撃手として先発出場する機会が増加。
一軍公式戦への出場は38試合ながら、プロ入り後初めて、シーズンの通算打席数が100を超えた。
2019年には、レギュラーシーズンの開幕を一軍で迎えたが、出場機会がなく二軍へ降格。
開幕から正二塁手として起用されていた吉川の故障を機に再び昇格すると、5月までの一軍公式戦では、先発で好成績を残していた。
後に自身の不調などで途中出場が増えたものの、レギュラーシーズンでは一軍公式戦でキャリアハイの92試合に出場。
打率.233、2本塁打、10打点を記録した。
チームのリーグ優勝・CS突破を経て、福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズに初めて出場。
ヤフオク!ドーム開催の第2戦では三塁手、東京ドーム開催の第4戦では二塁手として、試合終盤の守備固めを任されていたが、第2戦では、7回裏の守備でアルフレド・デスパイネのゴロをファンブル。
東京ドームで開かれた第4戦では、7回表一死一・二塁の守備で代打・長谷川…

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