阪口皓亮, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=3750649 / CC BY SA 3.0

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阪口 皓亮(さかぐち こうすけ、1999年8月15日 – )は、大阪府大阪市大正区出身のプロ野球選手(投手)。
右投左打。
横浜DeNAベイスターズ所属。
大阪市立三軒家東小学校2年から野球を始め、大阪市立大正東中学校時代には大正ボーイズに所属し、投手兼外野手としてプレー。
比嘉賢伸とは小中でチームメイトであり、小学校時代にはバッテリーを組んでいた。
DeNAに同期入団した山本祐大は中学校の1つ先輩にあたる。
北海高等学校では2年春に背番号15でベンチ入りするも、2年夏はベンチ外。
同校はこの年大西健斗を擁し、第98回全国高等学校野球選手権大会に出場し準優勝。
阪口は甲子園に帯同し、初戦で対戦した松山聖陵のエース・アドゥワ誠対策として打撃投手を務めた。
その後第71回国民体育大会で全国大会デビューを果たしたが、同年秋と3年春は札幌地区大会で敗退。
背番号10を着けた3年夏には、左腕の多間隼介との2枚看板で地区予選を勝ち上がり、第99回全国高等学校野球選手権大会の南北海道代表として出場を果たす。
先発登板した初戦の神戸国際大学附属戦では、初回に自己最速となる148km/hを記録。
その後も140km/h台後半の直球に130km/h台のカットボールを織り交ぜながら試合を作り、4回二死で降板(8安打4奪三振1失点)。
降板後は逆転負けを喫したため甲子園での登板はこの1試合のみだったが、この好投がスカウト陣の目に留まり、小川淳司(当時東京ヤクルトスワローズシニアディレクター)は「この夏もう一度見たかった、一番の投手」と評価した。
2017年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから3巡目で指名を受ける。
11月12日に札幌市内で入団交渉に臨み、契約金5000万円、年俸600万円(金額は推定)で仮契約を結んだ。
背番号は12。
北海から直接プロ入りしたのは(育成を除く)、1985年の有倉雅史(ロッテ6位)以来32年ぶりだった。
2018年はキャンプを二軍でスタートし、一度も一軍に昇格することなくシーズンを終える。
イースタン・リーグ公式戦では主に先発で18試合に登板し、3勝9敗、防御率6.15の成績を残した。
シーズン終了後にはU-23野球日本代表に選出され、第2回 WBSC U-23ワールドカップに出場。
2試合に先発し、10月27日のスーパーラウンド対ドミニカ共和国戦では7回無失点の好投を見せた。
2019年、大貫晋一、飯塚悟史らと共に開幕先発ローテーション入りを目指し春季キャンプ一軍に抜擢されたが、練習試合・オープン戦で3試合に登板するも、計8イニングで5失点と結果を残すことが出来ず、開幕を二軍で迎えた。
その後5月3日に一軍登録され、同日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)にプロ初登板初先発。
初回から自己最速となる150km/hのストレートを織り交ぜながら、阪神打線を5回無失点に抑える好投を見せた。
しかし、後続の国吉佑樹が初球から本塁打を打たれ、プロ初登板初勝利とはならなかった。
その後、2回の先発登板の機会を得たが、いずれも試合序盤で降板した。
一軍での出場は3試合に留まったが、二軍ではチーム最多の17試合に先発登板し、4勝6敗、防御率4.67の成績を残した。
シーズン終了後には京山将弥とともに強化指定選手に指名され、11月からはオーストラリアン・ベースボールリーグのキャンベラ・キャバルリーに大貫晋一、平田真吾、笠井崇正とともに派遣された。
2020年、一軍では0勝2敗に終わったが、イースタン・リーグでは4勝1敗、防御率2.07を記録し、優秀選手賞を受賞した。
2021年、4月4日の広島東洋カープ戦(横浜スタジアム)に先発し、5回無失点でプロ初勝利を挙げた。
9月9日に右肘クリーニング手術を受けた。
同シーズンはリハビリにあてることになり、シーズン通算成績は8試合登板、2勝3敗、防御率4.11となった。
身長186cmの長身から投げ下ろされる最速154km/hの角度のあるストレートに、キレ味鋭い130km/h台のカットボールや落差の大きいカーブ、SFFが主体。
コントロールに甘さが残り、高校3年夏の南北海道大会では打ち込まれるケースもあった。
指名挨拶に訪れた編成部長の吉田孝司は躍動感のあるフォームから「三浦大輔に似ている」と…

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