今井達也, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=3508043 / CC BY SA 3.0

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今井 達也(いまい たつや、1998年5月9日 – )は、栃木県鹿沼市出身のプロ野球選手(投手)。
右投右打。
埼玉西武ライオンズ所属。
小学1年から野球を始め、鹿沼市立西中学校時代はクラブチームの鹿沼レッドソックスに所属し全国野球大会に出場した。
中学卒業後は作新学院高等学校に進学。
2年夏は栃木大会で背番号「11」でベンチ入りし、準決勝白鷗大学足利戦で先発するも、四球と大下誠一郎のライト前ヒットでピンチを招き、二死一、三塁からライトスタンドへの同点3点本塁打を打たれ、1回被安打3与四死球2失点3で降板した。
國學院栃木との決勝戦では6回からリリーフ登板したものの制球が定まらず、相手打者に対して頭部死球を与えるなど結局1回1/3を被安打1与四死球4で降板した。
チームは夏の甲子園大会出場を果たしたものの今井はメンバー外となった。
一方同期の入江大生は背番号「11」としてメンバー入りし、3回戦九州国際大付戦で1イニングを無失点に抑えている。
2年秋の秋季栃木県大会では背番号「1」としてメンバー入りし、準決勝で文星芸大付戦に先発するも暴投により決勝点を許し、1-2で敗れた。
2年冬の期間は監督の小針崇宏の「ピッチャーはマウンドでひとり」という育成方針によって、マウンドでの孤独感や自身に向き合う時間の確保のため、1人で練習に励んだ。
3年春の栃木県大会では2番手格の入江に実戦経験を積ませるというチームの方針から、今井の登板機会はなく、入江が背番号「1」を背負ったものの準々決勝で県立栃木工業に敗れベスト8に終わった。
これをきっかけに入江は一塁手へコンバートした。
エースとして迎えた3年夏の甲子園大会では初戦の尽誠学園戦で自己最速となる151km/hを記録すると、その後の花咲徳栄戦では自己最速を更新する152km/hを計測し、プロから注目された。
決勝の北海戦では9回1失点の好投で優勝投手となった。
同大会では全5試合に登板し、41イニングで44奪三振、自責点5(防御率1.10)と快投を見せた。
甲子園の後はU-18アジア野球選手権大会に出場し、決勝の台湾戦では5回1失点と好投し、2大会ぶり5度目の優勝に貢献した。
2016年9月16日にプロ志望届を提出し、2016年度ドラフト会議にて埼玉西武ライオンズから単独1位指名を受け、契約金1億円プラス出来高払い5,000万円・年俸1,300万円(金額は推定)で契約した。
同年オフにFAで楽天に移籍した岸孝之の背番号「11」を背負うこととなった。
2017年は高卒新人ながら春季キャンプA班に抜擢されたが、右肩関節唇の炎症により離脱。
その後順調に回復し、4月15日のイースタン・リーグ公式戦で実戦デビューを飾り、7月13日のフレッシュオールスターゲームではイースタン選抜の先発を務め、1回を無失点に抑えた。
しかし5月には右肩の違和感、8月には右肩の炎症と故障に悩まされ、ルーキーイヤーは二軍で7試合の登板に留まり、オフは現状維持の推定年俸1,300万円で契約を更改した。
2018年、未成年でありながら1月末に所沢市内で喫煙していたと外部から球団に情報が寄せられ、2月6日に厳重注意処分として、5月までユニフォーム着用禁止および対外試合出場停止が課せられた。
4月30日に5月1日付で未成年喫煙による処分が解除されることが発表された。
6月13日の東京ヤクルトスワローズ戦(メットライフドーム)でプロ初登板初先発を果たし、6回1失点でプロ初勝利を挙げた。
デビュー戦で先発勝利を挙げたのは球団では松坂大輔以来であった。
6月23日の千葉ロッテマリーンズ戦では4回4失点でプロ初黒星を喫したものの5回降雨コールドによりプロ初完投が記録された。
7月10日に登録抹消となり、同21日の一軍再昇格後も2度登録抹消を経験したが、この年は一軍で15試合(14先発)に登板。
5勝5敗・防御率4.81という成績でオフに500万円増となる推定年俸1,800万円で契約を更改した。
2019年は自身初の開幕ローテーション入りを果たすと5月5日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(メットライフドーム)でプロ初完封勝利を挙げた。
これは令和の完封勝利第1号だった。
この年は発熱で先発を回避した試合や腰痛で登録抹消された時期があり規定投球回には到達できなかったものの…

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