7 Comments

  1. こういう話の仕方はどうだろうと思ってしまうのは私だけでしょうか?何人か生き残った戦兵の話を聞いた事がありますが、不思議と二種類に分かれます。ここで言う話ではないですね。好きになれないタイプの方の生き残りですね。

  2. 初めて観る伊東孝一さんの映像に感謝します。棚原高地の奪還の凄さ、そして糸満の国吉台での最後の戦い。軍旗奉焼から161.8高地で戦い続けていた第2第隊長志村常雄隊長との再会。さらに、22連隊の小城正隊長と「3人の大隊長」。我が沖縄から発信しています。

  3. 奮闘,ありがとうございました!おかげさまで米国はいまだに日本を恐れています。こういう人が高級将校であったなら!
    いつも歴史は皮肉だな!

  4. 伊藤さんほど優秀な人が満州配属のため沖縄戦が初陣とは勿体無いことしたよね
    伊藤氏があと5年早く生まれて陸軍将校やってれば名少佐として世界に名を馳せたと思います

  5. 質問です、私はよくずんだもんの解説などで旧日本軍の動画を見るのですが、硫黄島の戦いでは少尉が中隊長を務めていたり、伊東さんも大尉で大隊長を務めていたりしているのですが、旧日本軍では中隊長は大尉や少佐、稀に副官である中尉が臨時で務めるなどと記載されており大隊長も少佐や中佐が務めると記載されておりましたがなぜ旧日本軍は大尉で大隊長を務めれたのでしょうか?当時は将校が少なかったのでしょうか?そこのところを教えてくださりましたら幸いです、
    伊東さん昔の日本を守ってくれてありがとうございました。

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