【ヤクルトアトムズの歴史 Part1】
昭和の熱きプロ野球を彩った“ヤクルトアトムズ”時代を振り返るシリーズの第一弾!
今回は、チームを支えた名選手たち──安田猛、松岡弘、若松勉、大杉勝男──の輝かしい活躍にスポットを当てます。
弱小チームからの脱却を目指し、アトムズが一歩ずつ歩んでいった激動の時代。
球団の礎を築いた男たちの熱いプレーを、当時の映像と共にお届けします!

※チャンネル登録&高評価で、Part2の更新もお楽しみに!

#東京ヤクルトスワローズ
#プロ野球

36 Comments

  1. 動くヤクルトアトムズ時代の映像を初めて見ました。
    アトムズって手塚治虫さんの鉄腕アトムからなんですね。

  2. ヤクルトアトムズで一番最悪だったシーズンは、あの超トラブルメーカー外国人助っ人ジョーぺピトーンの時代でしたな…………。😅😅😅

  3. グリーンフェンス&手書きスコアボード&外野芝生席の神宮球場の映像が今となっては貴重ですね。

  4. ヤクルトアトムズ初代監督はご存じ別所監督でしたが、1番2番を主に打っており、この年盗塁王を獲得した東条文博に「盗塁するな(うしろのロバーツ・チャンスを打撃に集中させるためか、東条の盗塁成功率が低いためか)」と言うほど大味な野球をしていました。打力は高かったですが、走力はあまりなく、投手力と守備力に至ってはかなり低いアンバランスなチームでした。
    別所監督は昭和45年途中に成績不振で解任されましたが、翌年やってきたのが三原監督と中西コーチ、そして昭和45年のドラフトで入団したのが若松勉。もし別所監督が続投していたら中西コーチはいなかっただろうし、若松も「大きくないから」という理由で一軍で使われない、いや入団していなかったかもしれません。
    そう考えると不思議なものです。

  5. まだ内野で活動していた頃の若かりし岡田応援団長の姿が見れて懐かしいです。

  6. 自分は。。。別観点から書き込みを。。
     前身国鉄スワローズ〜サンケイスワローズ〜ヤクルトアトムズの記憶は少ないですが😅😅😅
    巨人の星のアニメに対抗して。。侍ジャイアンツがありまして。。ライバルキャラクターの設定が。。花形満のキャラクターが。。眉月光だと思っています。。このキャラクターが。。ヤクルトアトムズに在団します。。。
     あと。。頑張れタブチくん。。よく。。安田猛が出ていました。。

  7. あたしの父はヤクルトスワローズは若松勉さんファンです。ちなみにあたしの父と母のヤクルトスワローズファンです。出会いはヤクルトスワローズが野村克也監督ときです。母は西村さんファンでした。⚾

  8. アトムズと云えば、サンケイ時代のジャクソン選手の映像を観てみたかった。
    酒と女に溺れた晩年は気の毒であるが、主力を張ってる最中に病死したレアなケースの助っ人。

  9. アトムズの時は背中にネームが入るのにそれよりも新しいスワローズになると暫く無しになる。同様の例はライオンズとかにもあるが謎の現象😅

  10. あの黒いアトムルージャクソンに代わり、ヤクルトアトムズでプレーしたボブチャンスの存在もすてがたいですね。😊😊😊

  11. 1970年だったかな?凄い連敗記録あった記憶があります。とにかく弱かった。しかし、1978年に広岡監督率いて優勝したんだよな。

  12. オッサンの俺がまだ少年の頃センター守ってたロジャー選手のグローブがスゲー縦長だな~なんてなぜか鮮明に印象に残ってる😂

  13. サンケイアトムズの頃にルージャクソンとデーブロバーツ(ドジャース監督と同姓同名)という選手がいました。よくホームランを打った記憶があります。

  14. 松岡投手100勝到達1安打完封試合を1塁側スタンドで観ていました。試合前のブルペン投球からもの凄く調子良さそうで球がホップする感じでした。唯一のヒットを打った王選手の胸をこづいたこともはっきり覚えています。

  15. 結局野球て昔は人気あったんじゃなくて、Gだけが異常に人気があっただけ。
    そしてここから俺の見解全部言うけどさ、
    昔はそれこそスモールベースボール。
    要はそもそもがみんな体がちっさいし細い。
    なので、スモールベースボールするしかなかったわけだよね。
    HRそんな打てないし、今より飛ぶボール使っていてもさ。
    そして休場は今の4分の3の大きさ。

    だからG以外は今よりも全然ガラガラで人気なんてまるでなかったわけよ。

    そらこんなほっそいほっそい、スモールベースボールなんか見ても詰まらんかったわけでさ。それが証拠にさ、大相撲や、プロレスが人気あったのよ昔はね。八尾だとわかってても見ていた。要は何でもそうだけど、湖水野球よりもさ、スケールの大きい野球のほうが好きなわけで。それが証拠に、なぜ長島王がいたとしてもそこまでGだけが人気あったか。
    当時長嶋でも、王なんか象徴してるがさ、HRがやたら多かったのがGで。
    やっぱりスケールの大きいものが好まれるんだよね。

    で今はスモールベースボールではなくて、でかいHR野球で(皆パワー付けてさ)だから、パもそうだし、セもそうだし。G以外でも人気が出てきてる。

    結局そういう事だわね。
    ほっそいほっそい小さい野球なんて見てて詰まらんってみんな思ってる証拠だよ。
    層でなくとも昔は、プロ野球ぐらいしか見る門なかったわけでさ。スポーツなんてさ、サッカープロ化してないしね。TVいうたら野球其れもGだけが、地上波ゴールデンでやってるからさ、人気もへったくれもなくてさ、誰だって、一度は野球にチャンネルをひねってたわけでさ。そういう事

    なので、決して昔の野球が強かったとか(むしろ今より弱いの確実だけどwwwwwwwwww)面白かった(嫌今より全然面白くないHRの出ないスモールベースボールが)とかではないってことだけ言っとくわ

  16. 1970年の33勝92敗という成績は今見ても驚異だな。
    エースだった石戸が3勝15敗にまで落ち込んでやる気を無くして引退した

  17. そのペピトーン氏は、ヤクルトの歴代外国人バッターでは素行が多かった事でも知られていました。
    後アメリカに戻るも、問題行動が多かった為かそのまま野球選手を引退したそうです。

  18. 魔法使いチャッピーてアニメがあるんですが
    パロディでマケルト・アトナイズてチームが出てた
    チャッピーの祖母の魔女が大馬場(オババ)てピッチャーで入団して魔法投球でチームを救うみたいなストーリー

  19. 大矢さん1975年だけキャッチャー用ヘルメットかぶってますが翌年以降引退するまで帽子ですね。
    なんか暑苦しくなって合わなかったんでしょうか?

  20. ダサいユニフォームにダサい帽子。そんなダサい帽子一般人の誰がかぶりたがるんだよ。街中で着れない、被れないユニフォームや帽子をデザインしたやつ才能ないよ

  21. ルージャクソンは、1969年に現役のまま33才の生涯を閉じた、理由は片寄った食生活、とにかくチキンとビールしか口にしなかったらしい、また、巨砲としてならし、その噂を聞き付けたプロのお姉さま方が、神宮球場に並んだという、その要望に応えすぎ、腎臓の病気で巨砲どころか砲台までいかれてしまった。

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