#ジャイアンツ #篠塚和典 #西本聖
読売巨人軍史上屈指の好打者・篠塚和典氏が語る「西本聖の投球術」。
篠塚氏は1975年のドラフト1位で銚子商から入団し、圧倒的な打撃技術の高さ、そして、華麗な守備で現役時代に多くの名シーンを生み出した。巨人在籍19年では数々の投手たちとともに戦ってきた。好投手たちとどのように時間を過ごしてきたのか、素顔に迫る。
前回、語っていただた江川氏と同様、巨人のローテーション投手として活躍した西本氏。代名詞といえるのはシュートボール。味方だった時は、ゴロを打たせるピッチング。篠塚氏らの守備の名手がいたから、信頼することができていたのも大きい。
巨人時代の話はもちろん、興味深かったのは、西本氏が中日に移籍してから、対戦したこと。巧みなバットコントロールをする篠塚氏はめったに自打球はしないのだが、西本氏の鋭いシュートに……インタビューお楽しみください!
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20 Comments
気合いで投げる
大好きでした!巨人軍に
いますかね
こんな選手いて欲しいな
かつて巨人のファッションリーダーだった篠塚さんも、随分と…
握りそのものはツーシームで全球が大小のシンカーみたいな。その中に時折真っ直ぐとカーブが混じる。
今でいうツーシーム、高速のシュートとはまったく違う印象。
西本さんは寡黙な男だと思ってたけど、意外とお喋りなのが引退してからわかった(笑)
西本さん好きでした。頼り甲斐のある投手でした。篠塚さんも頼り甲斐のある選手でした。
江川、西本の二人の競争心がチームに良い結果をもたらした。っていう篠塚さんのコメントがいいですよね。2人とも引退してそれをしみじみ感じているんではないではないでしょうか。
西本、かっこよかったな。
あの当時、中日に移籍は残念だったけど、中尾も巨人で活躍して良かったでしたよ。
努力の人、努力の才能がある人。稀有な魔球シュートを習得したことは本当に大きい。引退後指導者として数々のいい投手を育成できたのも、自分が苦労した経験によって引き出しが豊富だったこともあるんだろうな。解説者よりも指導者向きな気がする。
巨人で背番号6といえば今は坂本ですがやはり自分の年代は篠塚ですね。
この年代の千葉の高校野球の選手はすごかった、銚子商業の優勝投手土屋、2年で4番のこの篠塚、篠塚と同級生習志野、小川が次の年にエースで4番で千葉県勢2年連続、全国制覇
土屋は、2年で作新の江川と対戦、1-0で完封、この2年が絶好調で江川が、あの土屋は、うちの打者では打てない、おれも、点取られないよう、打たせて捕ろう
あの江川が自分のピッチングスタイルを変えざるをえないいい投手だったが、土屋は、3年で肩を壊し、球威は落ちたが顔で投げていると言われてても、3年で全国制覇、
この優勝は、土屋だけでなく、篠塚ら打線もバランスがとれていて、向かうところ敵なし、甲子園でも抜群の強さを見せた、土屋いわく、一番苦しかったのは、千葉の決勝だった、その相手は市立銚子、あの石毛宏典がいた、
市立銚子は、石毛宏道がいた、2-1での辛勝、後年石毛は、土屋投手がうちとやったときが苦しかったと言ってくれたのは嬉しかったと
さらにその一年上は、習志野の掛布、木更津中央の、古屋英夫、さらにその一年上は、成東の鈴木孝政、このS47からS50くらいは、千葉の高校野球の黄金時代だ
そんなに速くなくても勝てたんだから西本ってやっぱりいい投手だったと思う。
なんだろうな、この話に吸い込まれる感。話の全てになるほど、と思える。
槇原のバックスクリーン3連発は
前日の西本がシュートを駆使して簡単にダブルプレーを取るのを見て真似しようとして大怪我したのは有名な話
篠塚さん、いいなあ。渋くて、いつまで落ち着いて話を聞いていたい感じです。ありがとうございます。
江川と違って熱く燃えながら見てたです!江川からは熱意が感じられなかった。