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「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女」にはやられた。3部作の2作目ということで、いってしまえばクライマックスに向けた前哨戦。ちょっと侮っていたのである。それが自分でも驚くくらい刺さってしまった。5年前に公開された前作にも暴力的なまでの映像と音響の力で圧倒されたものだったが、ちょっと今回の刺さり方は質が違う。
無論、冒頭に置かれた、モビルスーツに圧殺される兵士たちの様子をハンディカム撮影の映像風に描き出したシークエンス(原作小説の「虐殺行為を撮影したテープを宇宙に持ち出した仲間がいる」というセリフひとつから、この場面を生み出したアニメスタッフ陣の手腕は素晴らしいと思う)を始め、前作の流れを継承したリアルタッチの緻密な演出と作画の魅力が、今作にも満ち満ちている点は間違いない。そうした要素も十分に堪能はした。しかし、この原稿で伝えたい魅力はそこではない。壊れた人間を描く作品としての、「キルケーの魔女」の魅力なのだ。
前作の時点でも、歪なサインの筆跡などでハサウェイ・ノアの壊れ方は描き出されていたが、今作ではより強く、壊れた人物としてのハサウェイを描くことへと作品は踏み込んでいく。そうして描かれた壊れ方が、私の胸を打った。特に痛切だと私が感じたのは、壊れた人間の、ある意味での「裏表のなさ」が描かれている点だ。
ハサウェイは地球連邦政府の圧政に対する反権力闘争にマフティー・ナビーユ・エリンの名を持って参加している。彼はマフティーとして、人倫にもとる理不尽な圧政に対する正義を掲げている。その正義を信じてもいる。それは宗教的な狂信ではない。理論的な根拠がある信念だ。それは私たちの常識的な発想からしても納得がいく。筋が通っていない、人権感覚のない、腐敗した政治権力に対して、理を通すための活動。だがその始まりは、かつての戦争において傷ついた心を抱えたまま地球に降りた彼が、ひとりの女性と出会ったことがきっかけだったと、今作において明かされる(その女性、ケリア・デースとのやりとりは、なんとも痛々しい)。社会運動は私情によって始まり、さらにそのもう一段深いところで、戦場において自分が背負ってしまった罪悪感を埋め合わせようとする、代償行為としての側面も持ち合わせていることが、作中での描写によってわかる。さらに、そうした行動のなかには、親であるブライト・ノアへの反発といった幼稚な動機も含まれているようなのだ。
社会運動を嘲笑うような論者は、えてしてこうした、大義の裏にある私情を暴露することによって、問題を矮小化してみせる。一方、大義を無謬のものとしたがる革命家志願者たちは、逆に私的な動機などまるで存在しないかのように振る舞ってみせようとする。正義を属人化し、矮小化する物言いも嫌悪するが、生々しい日常性、身体性を感じさせない非人間的な社会運動の語りにも、どこか違和感を覚える。かといって、私情で動いていることに居直り、正当化するような論調にも乗ることはできない。
思うに、ある運動に人が激烈に関わっていくとき、そこにある大義も私情も、どちらも真実なのだ。どちらが建前で、どれが本音なのでもない。すべてが動かしがたい現実、身体性という逃れがたい物理的制約のうえで、混沌としている。当の本人にも、自分がなぜこんなことをしているのかなどはっきりとはわからないままに、矛盾を矛盾として抱え込みながら進むことしか、生身の人間にはできない。
予告編でも使用されている「どうかして、この肉体と感情的な欲望から離脱しないと」というハサウェイの独白が、今作での彼の在り方をまさに象徴している。理念と肉体、大義と日常への執着と嫌悪が混ざりあった存在。こうした人間の矛盾した在り方を示すのは、今作においてはハサウェイに限らない。ギギ・アンダルシアという、今作を牽引するもうひとりの存在も、ハサウェイとはまた違った意味で、混沌を引き受けている。
物語の展開が、映像が、いくつもの混沌を画として私たちの前に差し出してくる。この原稿は作品の反響を見る前に書いているが、おそらく観客の数が増えるにつれて、今作の人間描写に対しては、戸惑いの声が大きくなるのではないかと予想している(外れていたらうれしい)。壊れた人間のことは、壊れていない人間にはよくわからないものだからだ。世界に壊れた人間は少ない。より正確にいえば、壊れていることを自覚している人間は少ない。本当は誰もが壊れているのに、壊れていないかのように自身を装っており、その欺瞞を指摘されることに無自覚に怯えている。今作は優れた原作小説、ならびに「機動戦士ガンダム」というアニメシリーズのもつ強固な世界の枠組み(とりわけ「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」という、作中の時系列において直前の時期にあたる作品は、極めて重要だ)という巨人の肩を借りながら、矛盾と欺瞞に満ちた人の在り方を正面から描く難題に挑んだ。私としては、強く支持したい。
……終盤の展開についてもう少し語りたいことがありもするのだが、劇場公開から日が浅いタイミングで掲載される原稿なので、今回はこのあたりで筆を置くとしよう。無粋を承知であらためて強調しておくが、必見の大作だ。劇場でお見逃しなく。
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[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ) 1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。
機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女
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U.C.0105、シャアの反乱から 12年——。圧政を強いる地球連邦政府に対し政府閣僚の暗殺という方法で抵抗を開始した「マフティー」。そのリーダーの正体は、一年戦争をアムロ・レイと共に戦ったブラ…
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