──それはなぜでしょうか。
まず、自分のオリジナル長編映画をつくりたいという欲求が自分のなかにあるんです。『ルックバック』はもちろん藤本タツキさんの原作がありますし、少人数でつくったとはいえ、それなりのチームも必要でした。すべてを自分で担当した完全オリジナル短編アニメーションの『赤のキヲク』は、『ルックバック』で出来なかったことの一部を昇華できた部分はあると思います。
ただ、オリジナル長編映画をやりたいとなったとき、もしかしたらこの指に止まってくれる方々はいらっしゃるかもしれない。でも個人的には、企画として今後さらに無理が生じてくるようにも思うんです。
──無理が生じるというのは、どういう意味でしょうか。
いまはアニメが日本のお家芸となっていますが、それに影響を受けた表現が国の垣根を越えてフラットに押し寄せてくるはず。いまの技術革新も凄まじいので、「手描き」の価値を揺さぶる新しい表現も次々と出てくるであろうと思うんです。

Photograph: Shintaro Yoshimatsu
──それこそ人工知能(AI)やゲームエンジンによって、手描きの手触りすらも質感として表現できてしまうわけですもんね。
そうですね。いまの手描きアニメの表現って、一部の例外的な存在を除いて、基本的にはシンプルに画面構造をつくるんです。アニメで髪の毛の1本1本を描いて複雑に動かすなんてことは現実的ではありません。
日本人は漫画とかアニメに慣れ親しんでるせいか、ピクサーやディズニーのCG表現よりも日本のアニメ表現のほうが魅力的だと感じる方が多いし、そうしたリアリティとは別にある引き算の表現による工夫で勝負する。ぼくたちはそんな世界線にいます。
しかし、漫画やイラストレーションのきれいで緻密な描き込まれた絵を、破綻なく、自然に再現度が高く動かせるとなると、当然そういうアニメも観たくなりますよね。
──なりますね。
さらにはAIによって、絵を描けない素人でもアニメをつくれるようになり、年間に数十本しかない長編アニメが何千本、何万本と生み出される世界で戦うことになる。そうしたなかで、フランチャイズされた生成アニメで満足しない受け手に向けて、一部のトップ・オブ・トップが生み出す、あるいは小規模ながらとがったコンセプトを打ち出す「純粋天然物のアニメーション」は、必ず残っていくと思います。
しかし、制作期間が平気で3〜5年かかり、数億円の予算をかけた長編アニメ映画の企画では、公開時に表現も見え方も古くなっている可能性がある。だからこそ、できるだけ少人数でつくる環境と技術を積み重ねていきたいんです。
──それでは、いまどのようなことに注力されているのでしょうか。
いまは、漫画を描くことに集中しています。
──漫画ですか! それは意外です。
とにかく、自身、あるいは編集者さんと物語をつくるトレーニングをしたいんです。漫画は脚本からキャラクター、演出すべてをひとりでこなす創作です。そうした場数を踏みながら漫画としていいものをつくりだして、そこから自分のアニメーション表現に昇華させられたらなおいい、と考えています。
