#大奥 #一橋治済 #解説
※概要
よしながふみさんの『大奥』では、11代将軍・徳川家斉の子供たちを次々に毒殺する、怖い存在として描かれていた一橋治済ですが、本当はどうだったのか? 憶測多めで、お話しています。
2023年、NHKドラマ「大奥」解説動画です。
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47 Comments
待ってました、治済卿の解説回😂
よしながふみさんの原作でも飛び抜けた怪物ぶりを発揮してましたが、今週のドラマは仲間由紀恵さんの演技力でより恐ろしさが際立ってましたね。
1人で震えながら見てました😱
仲間由紀恵さんのサイコパスっぷりが怖すぎて、トリックを見て中和したくなりました😅
治済は、スーパーわがままで怖さもある人なんですね。もし暗躍が事実であれば、これだけ自分の思い通りに生きられたのは幸せなのかもしれませんが、犠牲になった側から見ればとんでもない人物です。前もって定信を白河藩へ養子に出しておきながら、必要とあれば呼び戻し老中に据える。天明の飢饉での善政で人気を得ていた彼をうまく利用し、それを契機に徳川一門の政治参加をも可能にする、賢いやり方です。有力大名を全て自身の血統で占めたいという願望、いかにも徳川専制時代にはありそうな思想ですね。莫大な持参金付きであれば、各大名も格式も上がり一挙両得だと賛成したことでしょう。
今回の動画で一番良かったのは、複雑な徳川一門の序列がすっきり理解できたことです。御三卿、御三家、いつもどう違い、いつこの枠組みができたのかずっと不明でした。御三家は、家康が後継者問題で争いとならないように各家の序列を決め、長子相続も決めました。そして御三卿は、吉宗が田安家、一橋家を、家重が清水家を作ったのですね。なるほどです。長年の疑問が氷解しました。
仲間由紀恵さんの怪演、素晴らしかったです。彼女の演技者としてのイメージが変わりました。
田安系の子孫て、松平定信以下、松平慶永、真田幸貫て居ますな
原作の大奥、さすがにフィクションが多いのかと思いきや史実が多くてびっくりです…!!
仲間由紀恵さんのドスを効かせた凄みと、血を吐いてのたうち回る部下をニコニコして見てる演技が怖すぎて怖すぎて夢に出てきそうです😱
以前、TVでオットセイ将軍、全国の大名の徳川化計画でたーくさんの子供たちを送り込んだって言ってました。某国営放送でやってました
今回の大奥の仲間由紀恵さんの治済がめちゃ恐ろしい怪物で、ゾワゾワしながら観てました!😂
今日も楽しい解説ありがとうございます😁今日はなんだか皆さんのお顔がいつもよりちょっとアップで良かったです😄
私も家斉さんがオットセイのオ〇〇〇ンの干物?を服用していたからオットセイ将軍と言われていたと聞いたことがあるような気がします😅😅😅。
この男女逆転のドラマ「大奥」はあまり関心なかったのですが、一橋治済には関心があったので10/24の放送は見てしまいました。
フィクションなので思いっ切り「悪の巨魁」に描かれてましたねえ、治済。しかもサイコパス!
史実では息子の家斉ほどではないけど治済も子は多めで、あっちこっちの大名へ養子に出したり娘を押し付けたりしたようで、明治以降の華族で治済の子孫はかなり居たようですね。幕末に活躍した松平春嶽も治済の孫ですよね。
オットセイ将軍、過去の鎌倉・室町幕府も含め、在任期間が長いことで覚えてます。で、そんだけ長いのにいまいち何やったかわからない将軍としても・・教科書もサラッと流されて終わりますもんね。
治済卿の傑出した俗人振りが、むしろ周りを忖度させただけかもしれないですね。つまり俗人の極致に立てば、俗人に見えなくなると云う………
桃太郎侍さんも家斉さんの御落胤という設定がありますしね。
家斉くんのオットセイ以外の為政者としてのまとめが聴きたいです!
オットセイ将軍がやった良い政治は例えば何がありますか?
治済本人が将軍の座につかなかったのはなぜなのでしょう?
よしながふみさんの大奥で、なぜ家斉が男性将軍設定なのかと思ってましたが、あれだけの子沢山は男将軍じゃないと不可能でしたね
上手く史実を取り込んでらっしゃる
後楽園の意味も知ることができました。東大が新しい建物を作ろうとしたときに下から出てきたお茶碗は加賀藩のお茶碗だったのですね!
暗躍解説と共に江戸の土地あるあるも知ることができて、ブラタモリきりゅうさんバージョンで楽しかったです。
ひと粒で2度美味しかった。
尊号一件の裏にそんな暗躍があったかもしれないと思うと面白すぎます!だとしたら治済さん自分のワガママのために徳川の権威を傷つけちゃってる~(そんな人歴史上や現代でもゴマンといるけど(;´д`))
仲間由紀恵さん、迫力のある演技でしたね。
仲間さんの演技めっちゃこわいですが、演出や脚本も含めてあれでもかなりマイルドにしてくださってると思います。
原作の治済のヤバさをガチで実写にしたら視聴者のトラウマになってしまう😭
よしながふみさんが「人物像はなるべく史実に寄せている」というのは本当だったんですね。寄せつつもここまで物語を膨らませられる力量がすごいです!!
治済、とにかく政治的贅沢だけしたくて、政治的ビジョンは全く無い人だったんでしょうね。家斉のオットセイ将軍度しか注目してなかったけど、真の目的は、父親の治済の方が、一橋家の血を他の徳川家や大名の中に埋め尽くす作戦だったのか!
下世話でエグい目標。
楽しく、楽しくお聞きしました!!仲間由紀恵さんは、以前可憐な時の時代劇は何本か見ていたけど、今回の一橋治済はびっくりです。怖い女性ですねっ!さすが演技派女優だと感心しました!!で、以前清水家をたてたのは吉宗だと勘違いしていました。きりゅうさんに本当のことを解説して頂き、ありがとうございましたm(--)mそれから、「東大の赤門」私は以前友だちの紹介で訪れたことがありますが・・・あ、私も・友達も東大とは関係ないですが・・門からスイスイ入れました。さすが立派な門でした。そして、中にはいったついでに、夏目漱石で有名な,[「三四郎池」も散策してきました。
仲間由紀恵さん怖かったですね~🫣他局の相棒でも、一癖も二癖も有る役を演じていて、悪女役も板に付いて来たなと、思いました。
流石が、女優さん、凄い、演技だつた有る意味で、素晴らしい👍
御台様こと蓮佛美沙子がたまらないすね こんな奥さんいたら もう大奥はいりません
為になる解説ありがとうございます。鎌倉殿の13人の時もそうでしたが、姓が違うと他人に感じてしまいますが、やっぱり血の繋がりがあってドロドロした勢力争いしてるんですね。
もー仲良くしてー。
解説で加賀藩の事(東大赤門)が出ていました。機会が有れば島津藩の事も取り上げて欲しいです。
11代徳川家斉の正室は、島津重豪の娘たた子(広大院)。
13代徳川家定の正室は、島津斉彬の養女篤姫(天璋院)。
外様大名の島津家が、どうしてこんなに徳川家に縁が近いのか不思議です。
大奥の治済卿がサイコパス卿すぎて、家斉編はほぼフィクションだろうと思っていました。しかし、治済の暗躍が事実かどうか分からなくても、当時の人々がそう噂していたという意味では、マンガは割と史実に基づいて描かれているのですね。よしなが先生、凄すぎ!
10:53 あ!!徳川宗睦って戸山荘を再興した人じゃないですか!?わたしは、少し前に新宿の箱根山へ登り、周辺の歴史を調べたりしたので、名前を覚えていました。下屋敷を再興させて偉いと思っていたら、そんな言いがかりもしていたのですね😅
「尾張徳川家の藩主は、戸山荘の庭園に小田原宿を作り、将軍が遊びに来たら家臣達にお店屋さんの格好をさせ接待をしていた」という話がおもしろいと思いました。
18:50 11代将軍・家斉が、子作り以外にやったことの一つは、戸山荘を褒めたことですww
大御所問題、全く同時に皇室で光格帝が皇位についたことのない宮様だった父親を上皇にしたいって言い出したのを反対した手前、なおのこと突っぱねざるを得なくなったんですよね。
ラットさんカッコイー❤
徳川(一橋)治済は従前、余り注目されていない人物であったが、
ようやく日の目を見るような時勢になったようです。
治済は大御所の称号を望んでいたが叶わず、
その代わりに徳川家では唯一、准大臣に任ぜられた人物です。
そこでその辞令(宣旨)を紹介します。
なお、死後、将軍履歴のない人物として六代将軍徳川家宣の父、徳川(甲府)綱重に次いで
太政大臣を贈られた人物でもあります。
徳川治済 准大臣の辞令(宣旨)(「甲子夜話続篇」)より
正二位行權大納言源朝臣重能宣
奉 勅入道從一位源朝臣
春秋已高又征夷大將軍源朝臣
實有天性之親宜准大臣者
文政八年七月十八日 大外記兼掃部頭造酒正助敎中原朝臣師德奉
(訓読文)正二位権大納言源朝臣重能(庭田重能、44歳 院別当兼帯)宣(の)る、
勅(みことのり 仁孝天皇 26歳)を奉(うけたまは)るに、
入道従一位源朝臣(徳川治済 75歳)春秋(年齢)已(すで)に高し、
又征夷大将軍源朝臣(徳川家斉 53歳 従一位左大臣)の実有(じつう 実際) 天性(生来)の親なり、
宜しく大臣に准(なぞら)ふべし者(てへり)、
文政8年(1825年)7月18日 大外記兼掃部頭造酒正助教中原朝臣師徳(押小路師徳、27歳 正五位上)奉(うけたまは)る。
初めまして‼️今日はじめて動画を拝見しました。きりゅうさんのトークがわかりやすくて面白くてますます歴史が好きになりました😊他の動画も拝見しますね!頑張ってくださーい‼️
済治役・・・・・
もしもこの役が天海祐希さんだったらとても怖そう😨
そして、中森明菜さんが演じたらリアルに怖そう😱😱😱😱😱😱
いつも分かりやすく、楽しい動画ありがとうございます。
自分は安達さん演じる松平定信がカッコよくて好きだったので、動画出していただけると嬉しいです!
将軍が大奥に泊まる日は、役人が「上様、本日大奥泊まり」と城中をふれて回る為、若い将軍は恥ずかしくて、なかなか大奥に泊まらなかったらしいですが、11代将軍徳川家斉は21人の側室に52人の子供を作り、時の老中は子供達の縁組みに奔走したと聞いてます。
オットセイは一夫多妻制で沢山の雌を一頭の雄が仕切るんですよ。精力盛んというよりは環境が厳しいので最強の雄に守ってもらいたい&最強のDNAが欲しいという雌の希望によりこういう形態になったそうです。
治済が倒れた後、原作では家斉がずっと母の影に怯えて無理やり押し込められてきた自我や、家斉自身の影の部分が、急に表に出てくるとことか凄く上手いと思いました。
また吉宗を将軍とするために暗躍した久通が色々な人に毒を持って殺しまくる、その時はそれで久通は自分の命をかけてやっていたし、吉宗は誰もが認める名君として美しい時代を築いたけれど、その為に無理を通したことで、まさか吉宗の孫である治済に、「目的のためには邪魔ものを排除しても構わない」という考えを植え付ける。そしてその考えは更に後々まで徳川内部を蝕む影を生み出す、みたいな因果の描き方もほんとに見事だと思います!
きりゅうさんの解説で、更に治済の恐ろしさが増しましたー。
メンバーシップの大奥楽しみにしてます!
一つ質問なのですが、大奥では治済が家斉の子供を殺しまくってましたが、史実の家なりの子供はどれくらい成人したのでしょうか?
また昔テレビ番組で、昔の白粉は水銀が入っていて、乳母が白粉つけてて、御乳飲む赤ちゃんがそれを口にしちゃうから死んじゃうことが多かったんじゃないかー?なんて聞きましたが、今もその説は有力なんでしょうか??
昔は子供は今よりずっと死亡率は高かったかとは思いますが、当時の他の大名の子供や、他の代の子どもたちと比べて特に死亡率が高かったわけではないのでしょうか。それともいくらなんでもやっぱり死にすぎ…みたいな点はあるのか気になります。
歴史好きですが割とライトで戦国や幕末に知識が偏り、江戸中期は勉強不足、大奥まだ見てないですがあらすじ聞くと治済さんかなりやべーし仲間さんの演技はすごいみたいで興味津々です。
大奥の仲間由紀恵さんの治済役をみてからたまたまこちらにたどりつきました。とってもわかりやすいし、楽し動画なので登録しました。
学生時代にこう言うYouTubeがもっと欲しかったです。
治済君も、子作りに励んでたのね。神経が、図太く鋼鉄で、出来てましたよね?。
11:12あながち間違いではないよ
悪政流行れば疫病はやる
こう言われてるよ
コロコロと同じさ
毒殺の仕方。毒味役、御殿医がいて気付かれず実行する 方法は。水銀、ヒ素他。劇中では、菓子(羊羮、カステラ)でした。仲間さんの怪演にヤラレました。ちむどんどん対照的な毒親に。
どうする家康より史実に寄った作創りになっている。
セットも衣装も
こちらのほうが大河感がある。
男女逆転もよく出来てると思った。
自分の血筋をあちこちに入り込ませたという手法は ハプスブルク家の女帝 マリアテレジアを想起させますね。 息子が即位しても実権を握り続けた点も似てます。国を治めた実績は治済はゼロですけど。家同士、大名との抗争を納めたい気持ちがあったのかもしれませんね。
飢饉を乗り切った松平定信さんも凄そうだし、後楽園の意味が素晴らしすぎた