不変のスタイルで日本中を駆け巡った稀代の伊達男文士が内田百閒
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三つぞろえのスーツに別誂えの三越調製のブーツを履き、ステッキを持つ手には常に純白の手袋……。現代の眼から見てもダンディこの上ない内田百閒の、これが旅の定番アイテムだった。
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「用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」(『第一阿房列車』新潮文庫より)。
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伊達男の旅には必須の思想と思われるこの有名な一節ではじまる『阿房列車』シリーズは、単行本化された3冊の中で、北は北海道・札幌から、南は九州・鹿児島まで、日本全国を巡るようにして執筆された、実に15本もの「阿房列車」の運行=エッセイによって構成されている。
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それぞれのエッセイが、どれも几帳面で徹底的で頑固でいて、でもかなりの茶目っ気にあふれた内田百閒その人の実像そのままのようで、実に楽しく面白い。とりわけ、先述の一節ではじまる『第一阿房列車』の中の「特別阿房列車」には、百閒の旅スタイル、もとい、その根幹を成す人生観そのものが如実に表れているようで強い興味を惹く。
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「用事がないのに出かけるのだから、三等や二等には乗りたくない」と用事がない旅だからこそ一等に乗る意義があるとし、ただしお金がなくて用事ができれば三等に乗るかもしれない」とことわりを入れる。
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曰く「どっちつかずの曖昧な二等には乗りたくない。二等に乗っている人の顔附きは嫌いである」。さらに、「汽車に乗るには切符がいる」が、先に切符を買えば「私を束縛する」からしない。そして何より共感するのは、用事がない旅こそ旅の真髄であるという百閒の強い想いだ。
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「しかし用事がないと云う、そのいい境涯は片道しか味わえない。なぜと云うに、行く時は用事はないけれど、向うへついたら、著きっ放しと云うわけには行かない」と、帰りの片道は「帰る」という用事ができてしまうことを嘆くのだ。
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ここに、男にとっての旅の本質を感じずにはいられない。旅とは、本来男にとって旅それ自体が目的なのであって、何かを見物するとか、何かの目的で旅をするというのは間違っている。「旅をしたいから旅をする」というのが本質で、それを冒頭の「なんにも用事がないけれど……」とズバリと語る百閒先生はほんとうにすごい。
『阿房列車』における内田百閒というその人のスタイルに、わたしたちは、ぶれない男の旅、ぶれない男の生き方のなんたるかを思い知るのだ。
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内田百閒
明治22年(1889)、岡山の造り酒屋の一人息子として生まれる。本名、内田栄造。東大独文科在学中に夏目漱石門下となり、陸軍士官学校、法政大学などでドイツ語の教鞭をとった。昭和9年(1934)に文筆家として執筆活動に専念するようになり、『冥途』『旅順入城式』『百鬼園随筆』などを発表。独自の文学的世界を確立した。昭和46年(1971)没。享年81歳。
写真提供/岡山県郷土文化財団
※2010年夏号取材時の情報です。
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